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初めての高天原山〔3992〕2014/03/21

初めての高天原山

2014年3月21日(金)お彼岸

今日は高知。昨日の最終の飛行機で、無事モンてきました。今日は春分の日という祝日。
そんな訳で、このところの出張で弛みきった身体を引き締めるべく、走りに出ちょりました。介良方面。
介良には、太古の昔からの信仰の山がたくさんあります。麓に朝峯神社さんが鎮座まします介良富士などは、幾度かこのにっこりでもご紹介してきました。しかし。
非常に身近にありながら、今まで一度も入山したことがなく、ご紹介したこともない山、高天原山に、今朝はチャレンジして参りました。

高天原山は、介良、パワーセンターの北側に聳える標高100mちょっとの山。しかし、その名称からも想像できる通り、古代から、信仰の山として崇め奉られてきた山。麓にも、そして稜線にも、たくさんの古墳があり、石器時代の遺跡も出土しちょります。石器時代の昔から、縄文、弥生を越えて古墳時代まで。10000年以上の歳月、人々が暮らし、信仰し続けてきた山。

その山に、今まで何故入山していなかったのか。それは、この山が、私有地になっちゅうきです。山の北側は関という集落。山に囲まれた小さな集落。そっから登るのでありますが、登り口のところに大きな山門。
「高天原稲荷山門」と書かれ、「無断立入禁止」と大書されちょります。ここは、昭和の頃、個人で私費を投じて「たかまがはら稲荷神社」として整備されたのでありました。案内図を見ると、稲荷神社や、伏見稲荷遥拝所などなど、たくさんの摂社が鎮座まします山になっちょります。
山門に、連絡先の電話番号が書かれちょりますので、そこへ電話してみました。優しいおばちゃんの声。しゅっと、門のところまで出て来てくれて、社務所にご案内。記帳したら、どうぞご入山下さい、とのことでした。

いくつかの赤い鳥居をくぐり、山道へ。
まずは東の峯。稲荷上本殿や、三社殿、たくさんのお宮さん。お参りしちょいて、西の峯へと続く道。途中、古墳でもなく、神社のものでもない、人工的な丸い穴。こないだ、工石山で見た戦争遺跡の穴と同じ形状なので、たぶん、戦争末期に日本軍が米軍攻撃に備えて構築した戦争遺跡やと思われます。
そして西の峯。
ここには、たくさんの古墳。全部で10基あるそうです。6世紀中頃から7世紀前半までの古墳。全部円墳で、横穴式石室がある形状やそうです。
この場所には、この稲荷神社関係の皆さんの墓所もあって、整備されちょります。この写真。標柱に「四之古墳」と刻まれます。このエリアに、少し盛り上がった円墳がたくさんあり、その前に「二之古墳」などと書かれた標柱が立ちます。ここの稲荷神社創設者の方が、立ててくれたものにかありません。六之古墳まで確認できました。

古墳というのはお墓。ですき、こんな感じできちんと祀って下さいますと、このように頭を下げてお参りしますよね。古墳の、この在り様。良いと思いました。

実は、高天原山のピークは、この西の峯と東の峯の間にあります。

以前、山の北側、大津か見たら高天原山で、南の介良から見たら高間原山、てなことを書いたことがあります。そんな表記ですき。
しかし、山の中腹の虚空蔵菩薩さんの所に立てられちょった説明板には、中央のピークのある山が高天原山で、この、古墳のある西の峯界隈が高間原である、と書かれちょりました。
あら〜。またしても嘘を書いちょったことになるにっこりひまわり。申し訳ございません。やっぱし、現地へ行って体感する、という努力を続けんと、ホントのことを見逃してしもうたりしますね。

お彼岸。稲荷神社関係の皆さんに、ホントに親切にして頂いて、初めて高天原山をたつくることができました。気になっちょったことがひっとつ片付いて、ちくと嬉しいお彼岸になりました。


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