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三宝山にもあった戦争〔3730〕2013/07/02

三宝山にもあった戦争

2013年7月2日(火)曇っちょります

昨日の午後、南国市で山羊を飼いゆう方の畜舎へお邪魔しちょりました。キレイな畜舎。Uターンしてきて農協に勤める若い方が、本格的に山羊を飼い始めちゅうがですね。まだ、5頭くらいの搾乳ですが、場所もあるので、もっともっと増やすことも可能。フレッシュミルクを頂きましたが、飼料を工夫しちゅうだけあって、生臭くもなく、独特のコク味がこじゃんと美味しかったです。
こんな近所で、こんな取り組み。迂闊にも、知りませんでした。フレッシュミルクだけでなく、ヨーグルト、チーズなど、夢が膨らみます。

さて。ここは今朝の野市。左手に三宝山。三宝山と、右手の小山に囲まれた谷、大谷。こないだ、大谷神社さんのご紹介をしたばっかし。
正面の、尾根が一番低うなった界隈に、県立のいち動物公園があるのはご承知の通り。で、ちょっと前になりますが、高知新聞さんでもご紹介された、戦争の痕跡が、その界隈にたくさん残ります。

戦争末期、米軍の上陸作戦に備えて、高知平野に展開された軍隊は8万人。すごい規模です。で、至る所に防備の施設を突貫工事で構築したことが、今、かなり明らかになってきちょります。もちろん、当時、そこで暮らしよった皆さんがご存知な訳ですが、特に体系的に調査されてなかったので、そういった方が少なくなって来た今、キチンと検証、調査しちょくのは大事なこと。
で、地元の方の証言に基づいて行われた調査で、この三宝山界隈にも、たくさんの塹壕やトーチカなどがあったようで、その痕跡もどっさり残されちゅうことがわかりました。

草の家さん発行の「高知の戦争」第21号に、その調査の調査委なレポートが載っちょります。それによりますれば、ここに昭和20年春から展開したのは、丸亀の第449聯隊、3,114人、迫撃砲第37大隊30人、独立砲兵第6聯隊2,117人、と記録されちゅうそうです。この人数が、この山で要塞を築き、上陸して来る米軍に備えちょった訳です。

標高100mくらいの場所に作られたトーチカの銃眼は、斜面の下方を向き、攻め上がって来る米軍兵への施設であったこともわかったそうです。塹壕の総延長は数キロメートル。まだまだ発掘調査されてない遺構もどっさりあるので、ここには、夥しい戦争遺跡が残っちゅうものと思われます。要塞の痕跡。

ここで、そういった軍事施設がつくられたのは、昭和20年の丁度今頃。梅雨の、蒸し暑い季節に、この山中で、人海戦術によってトンネルや壕が掘られ、トーチカが建設された訳です。

今は、動物園で子供達が歓声を上げ、尾根の向こう側しゅっとのところに野市中学校。そんな場所で、68年前の今頃行われていたことを明らかにし、後世に残して行くことは、意義深いことやと思います。

薮漕ぎシーズンになったら、この山中を、探索してみたいと思います。


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