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本拠の条件 〔3002〕2011/07/05

本拠の条件

2011年7月5日(火)晴れ!

 

厳しく晴れ渡りました。暑いです。
さて、こないだうちから、戦国期の武将が本拠とした山について書いてきました。 そして、人々が暮らし、農耕する場所と、砦が築かれた山の高さについて、一定のルールがあることがわかってきました。標高と申しますか、平地からの高さが 約100mの山。これが、戦国期、本拠とするがに一番適当な高さのようです。
長宗我部氏の岡豊城は標高97mの山頂。昨日ご紹介した本山氏は、本山城が、吉野川沿いの開けた土地を標準にして比高約100mで、太平洋側に進出してきて本拠とした朝倉城の山も標高約100m。
領民が住み、農耕し、守りを固める土地から100m盛り上がった山。しゅっと登れる高さでありつつ、辺りを一望できる高さ。
戦国土佐の武将達で、この条件を満たす本拠を持つがは、他には、一条氏の中村為末城、90mくらいでしょうか。他は高かったり低かったり。
い や、かなりの条件を満たしちゅう山がありました。昨日の本山の西、現在の土佐町役場がある界隈を本拠とし、やはり南下して土佐の中原をにらむこの場所にお 城をつくった森氏。現在の筆山に、そのお城はありました。標高100mくらい。麓には浦戸湾直結の鏡川が流れて交通の便は抜群。肥沃な農地も近くに広がり ます。山頂の砦からは、土佐の中原すべてを見晴らせる、と言うたち過言ぢゃあございません。当然岡豊城も朝倉城も見えます。写真は、筆山の山頂近くの駐車 場から高知の市街地を眺めたもの。左端に高知城も見えます。
しかし、この山に拠った森氏は、本山氏に攻められ、筆山は本山氏の出城になったのであります。が、本山氏の本拠はあくまで朝倉城。筆山は、あくまで出城のひとつ。何故でしょうか。
筆山は、アッと言う間に森氏が本山氏に陥とされたり、本山氏が初陣の元親さんにアッという間に陥とされたりしたことでもわかるように、防御機能に欠陥があったと思われます。南嶺に直結し、北や南から攻められやすい地形ながでしょうか。
大きい大きい広い広い視野で、勢力圏と攻撃と守備を考え、岡豊山と朝倉城山が、すぐれた本拠に選ばれたがでしょう。

 


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