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南国市、田村遺跡は南四国の中心地〔2871〕2011/02/24

南国市、田村遺跡は南四国の中心地

2011年2月24日(木)曇っちょります

昨日は、あれからしゅっと、高知へモンて来ました。飛行機が、いつもよりずっと富士山の近くを飛んでくれたので、雪を冠った美しい富士山を堪能できました。やっぱしすごい山ですね、富士山。太古の昔から、ニッポン人の信仰の山であり続けてきたことは、この姿を見ただけで理解できます。

てな訳で、今朝は、土佐最大の弥生集落遺跡であり、中世の広大な環濠集落跡でもある田村遺跡に来てみました。高知空港の滑走路の工事で、発掘調査が行われ、現在は滑走路の下に眠っちゅう田村遺跡。

写真は、滑走路北西の端っこ近くにある公園の展望台の上から撮影したもの。柵の向こうが滑走路。この案内板の写真をご覧下さい。直線で囲まれ、左側に突きだしたみたいに見える部分が、現在の空港滑走路。赤茶色の部分が遺跡で、現在は滑走路の下になっちゅうことがよくわかります。

とにかくこの田村遺跡、竪穴住居跡が440棟も見つかるなど、規模は巨大で、しかも、縄文時代の匂いが残る弥生前期初頭の集落遺跡から、弥生末期まで、数百年の弥生時代全期間において、たくさんの人々が暮らした遺跡なのであります。

この村を母村として、香長平野のたくさんの分村ができていったがでしょう。

ここの集落ができた弥生初期、この東は物部川の氾濫原、西は物部川分流という地形で、標高6~7メートル、幅100メートルくらいの自然堤防上の集落やったにかありません。ですきに、当然のことながら、ビッシリ洪水の大被害にも遭うちゅう訳です。ですけんど、ここに住んだ理由は、田んぼをつくるがに適した土地で、海にも近かったことが想像できます。この遺跡では、100個余りの、田んぼの足跡が有名。弥生人の足のかたちが、泥にキレイに残っちょります、あんながを見ると、弥生人の息吹が感じられて楽しいですよね。

こないだ、弥生中期の高地性集落、バーガ森北斜面遺跡をご紹介しました。あそこは、結構軍事的な匂いのする遺跡。ここ、田村の集落とはどんな関係があったがでしょうか、なかったがでしょうか。仁淀川界隈と、物部川界隈の集落は、連携しよったか敵対しよったか、興味深い問題ですよね。ちなみに、時代が下って古墳時代になると、田村から東にかけて、物部氏の痕跡がどっしこ見受けられます。

伊野のバーガ森はどうなんでしょうか。あの北斜面遺跡のしゅっと東の山には、蘇我神社が鎮座ましましちゅうがが気になります。

さて、あと、このにっこりでもビッシリ書いてきました通り、田村は、中世土佐の政治の中心でした。守護代細川氏の広大な屋敷があり、その周辺に環濠集落が形成されました。たぶんですね、その集落の南には太平洋から入り込んできた潟(ラグーン)があり、水運の拠点にもなっちょったがやないでしょうか。弥生時代にも、そのラグーンがあったとしたら、弥生人たちも船であちこち往き来しよったがでしょうか。


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