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沈下橋建設に際してのお話〔632〕2005/01/07

沈下橋建設に際してのお話

2005年1月7日(金)快晴!

雨も上がり、今朝は素晴らしい快晴となった高知市内です。冷え込みもそれ程厳しゅうないので、日中はかなりポカポカしそうな気配ですね。

今朝も早朝から鏡川界隈をたつくりよりましたが、写真は、その昔「沈下橋」が架かっちょった場所を川の南岸から撮影したものです。久々に、この土手の下へ降りてみました。

正面中央の大きな碑は忠霊塔でして、その左、白い2つの建物(カヌー庫なんですね、これが)に挟まれた場所に小さく写っちゅうのが「フランクチャムピオン記念碑」でございます。何度もこのにっこりでご紹介しましたね。

忠霊塔のすぐ左には、ずっと向こうの高知城天守閣も見えちょります。

この「沈下橋」は、昭和2年、全国で始めての潜水橋(増水した際には川の下に沈む橋)として建設されました。取り壊されたのは昭和52年夏。

このお正月、中学高校の同級生で、卒業後東京の大学を出て現在沖縄で暮らす友人が帰省しちょりました。車で、この写真右端にちびっと写っちゅう柳原橋を渡りよりましたら、「ここに沈下橋があったよね」と、ポツリとのたまいました。「そうそう。覚えちゅうかえ?」と応えると、「毎日の通学路やったき。」とのこと。

そう。彼は、この沈下橋を毎日渡って通学しよったのでした。

この辺りは浅瀬になっちょりまして、小学生の頃によく乗った天神橋の袂の貸しボートでは、上流の限界がこの界隈でした。今でも、結構浅いので、干潮の時間帯には取り壊した沈下橋の残骸が一列に並びます。

昭和2年に建設する際、この南岸の辺りは砂が堆積して盛り上がっちょったそうです。できるだけ安く仕上げる為、北岸に近い方は橋脚をつけるが、南岸に近い方は、この盛り上がった場所の上に直接橋を乗せる設計だったそうです。それを見た当時の市長が、「あしゃあ専門家じゃあ無いけんど、川というもんは、渕になったり砂が盛り上がったりを繰り返し、何十年か経つと姿を変えるもんぢゃと年寄りから聞いちゅう。どうやろうかねえ。」との主旨の意見(ひまわり太郎うろ覚えです。すびばせん。)を言ったので、技術者はハタっと気が付き、橋脚付きのキチンとした設計に変更したというお話を聞いたことがあります。


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