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吉野川と土佐岩原〔5196〕2017/07/07

吉野川と土佐岩原

2017年7月7日(金)雨

今朝は、雨。七夕さんですきんね。七夕は雨と相場が決まってます。まだ、九州方面では大雨が続いているようで、いい加減にして欲しい。もう、十分に降りました。そろそろ梅雨明けになっても良いのではないでしょうか。

そんな雨の中、本州方面へ出張。今朝はね、汽車にしました。高知駅6時発の南風2号。岡山で新幹線に乗り換えて京都へ。で、一仕事済ませてから今一度新幹線で岡山に戻る。岡山での会合、懇親会をこなして、本日中には高知へ戻るという予定。

交通機関が平常通り動いてくれることを心から願ってやみません。まっこと。

 

で、写真は、大好きな土讃線。今日は一番先頭の席に座ってしまった。大人気なくも。でも、こっからだと前方の風景が見れて、楽しい。楽しいですよね?

お前はいくつだ?と言われそうですが・・・

ここは、土佐岩原駅の少し手前。吉野川が険しい山中を流れる、土佐岩原。ここから徳島県の小歩危駅くらいまで、とても険しい切り立った崖のような所を通過する、土讃線。徳島県の三縄駅と、高知県の豊永駅の間が開通したのが昭和10年。よくもまあ、そんな時代に、こんな危険な場所に鉄道を通したもんだ、と感心してしまいます。すごい。

岩原から大歩危小歩危の、切り立った崖が醸し出す渓谷は、吉野川の不思議な流れによってできてます。

吉野川の源流は高知県。本川村とか大川村とか。早明浦ダムは大川村だ。高知県ということは、四国山地の主脈の、南側。そう。分水嶺的に考えると、そこから流れる川は、太平洋へ向かって流れる筈だ。

ところが。

不思議なことに、標高が高くて険しい四国山地主脈を、南から北へ真っ直ぐ突っ切るように、流れている。それが吉野川。何故、そんな不思議な流れ方をするのか、調べてみてもなかなか答えが出てきません。地学にはまだまだ分からないことが多く、この南北の流れも、真相がわからないことの一つなのか。ブラタモリで、ぜひ、やってもらいたいもんだ。

とにかく、四国山地に主脈を無理やりに横切るため、岩原から大歩危小歩危の峡谷が生まれた訳で、これほど険しくなければ平家の落人もやって来なかったのではなかろうか。

 

この写真の先、岩原の国道沿いには、昨年まで弊社総務部長だったヤッさんが、定年退職後に始めた洋食屋さん「なかとよや」があります。おいしいです。そしてヤッさんの実家は岩原の山の上で、承平天慶の乱の藤原純友の落人の末裔。

 

今、思い出した。

小学校の修学旅行。栗林公園とか小豆島とかへ行きましたが、行きがけは、汽車だった。急行あしずりだったか急行土佐だったかは忘れましたが、汽車。

旅行前に、教室で、修学旅行の予習をしました。で、先生が問題を出します。「土讃本線で、高知県側最後の駅は、なんという駅でしょう。」

時刻表マニアであった僕が知らない訳はないが、それを知っている先生は、僕には当ててくれない。皆が、大歩危!とか豊永!とかカスっても答えが出ないので、仕方なく僕を指名。「土佐岩原です!」

はい。正解。

そんな思い出がある、土佐岩原。

種学旅行は、小豆島から高松へ戻り、満濃池、大歩危と巡って帰ってきました。そう。帰りは、バスだ。バスのイメージが残っていたので、行きがけは汽車だったことを、今、思い出しました。

帰りの大歩危、レストランまんなかで撮影した写真が、残ってます。

まだ、大歩危の地学的成り立ちにはまったく興味もなかった、あの頃。

 

さて。

今、JR西日本のHPで列車運行情報を確認したら、岡山から乗る予定ののぞみ6号、定刻通り、現在徳山駅と新岩国駅の間を走行中、となってました。

こんなことが簡単に確認できる世の中。そんなこと、夢想だにできなかったあの頃。


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