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高視さんのご縁と大川村のご縁〔5088〕2017/03/21

高視さんのご縁と大川村のご縁

2017年3月21日(火)小雨

昨日の午後から雲がでてきて、夜には雨。霧のような雨がたちこめる、朝。
ここは今朝、4時前の潮江天満宮。まだ拝殿の扉は閉じたまま。静かな静かな天神様の朝。

昨日、火事になった高見山をご紹介しました。「高見山」と書いてきましたが、正式名称は「皿ヶ嶺」で、新聞にもそう書かれていたのはご承知の通り。でも、僕らにとっては「高見山」。「皿ヶ嶺」なんぞと言われても、全然ピンと来ませんきに。
高見山という名称は、その東麓に、菅原高視さんが住んでいたから。901年に、道真公が太宰府へ左遷される際、その嫡男の高視さんも、土佐へ左遷。土佐権守。で、現在、その住居があった界隈が鷹見町で、その西の山が高見山。

当時、潮江も現在の高知の城下も、ほとんどが海。古浦戸湾が広く広く広がっていた時代。高視さんは、何故、そんな場所に住んだのか。当時の国府は現在の国分界隈なので、遠い遠い。権守は充て職で、実際にはあまり勤務してなかったのかも知れませんな。こんなに遠くに住んでいたのでは。

道真公が薨去した際、その遺品が土佐の高視さんのところに届けられ、それを祀ったのが、この潮江天満宮のはじまりと言う。
不思議なご縁。高視さんが土佐に左遷されてなかったら、この潮江に天満宮は鎮座していなかった。不思議なご縁の、天神様。

ご縁と言えば。
こないだの土曜日。ひまわり乳業大宴会の後、街へ出ておりましたら、あるお店で、知人に、あるおじさんを紹介してもらいました。大川村の川村さん、とおっしゃる。大川村と言いますと、高校生の頃、友人Mくんと二人で田井までバスで行き、富士見旅館に泊まって、翌朝ヒッチハイクで白滝鉱山の廃鉱へ行ったことを思い出す。で、その時の話を、川村さんに、しました。
川村さん、話しているうちに、お父様が大川村の村長さんをなさっていた、ということが判明。
あれ?
いつ頃、村長さんをされてましたか?と、尋ねる。

40年近く前。
高校生の僕たちは、あの時、田井から白滝の廃鉱跡まで、ヒッチハイクで向かいました。乗せてくれたのはセダンで、運転する親切なおじさんは、なかなか山道をぶっ飛ばす。降りる際、同乗していたお兄さんが教えてくれました。「この人、村長さんだよ。」
そう。ヒッチハイクで乗せてくれたのは、当時の村長さんだった
もしや、その村長さんではないか?

そうでした。時期を確認し、間違いない。
何より、川村さん曰く、「父は車を飛ばす人でした。前後の村長さんは、車を運転しない方だったので、間違いなく、父ですな。」

おお!
なんというご縁。あれから40年近くが経過する。やっと、息子さんに、あの時のお礼を言うことができました。ありがとうございました。

この世の中は、ご縁で、成り立っている。


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