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樹木考〔5055〕2017/02/16

樹木考

2017年2月16日(木)晴れ!

潮江天満宮、手水舍の上に、お月様。
月齢は19くらいなので、少し欠け始めたお月様。お月様の横には木星。その下に、乙女座のスピカ。冷たい冬空に輝く美しい天体たち。
昨日は2月15日で、今日は何の日を見てましたら「西行忌」とありました。ん?

西行法師は、平安末期の歌人。元北面の武士で、思うところがあって出家、歌人として活躍した人物。その西行の、あまりにも有名な歌に、これがあります。

願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃

これに歌われている花は、桜。
西行は、自分で歌ったこの歌に合わせるかのように、文治六年(1190年)の2月16日、つまり、如月の望月の「頃」に、亡くなりました。太陰暦なので、正確には15日が望月ですが、16日も、まあ、お月さんはまん丸だったでしょう。

今日の月齢が19くらいであるように、昨日は望月ではありませんでした。もちろん、太陽暦なので。西行法師の頃の暦では、如月の望月の頃は、桜が咲く季節なのでありました。

で、現在、2月15日が西行忌と呼ばれたり、16日が呼ばれたりとするようになったとのこと。西行忌が季語として使われる場合は、3月の、桜の季節の季語であるのは、まあ、当然っちゃあ当然。

ところで。
ここ潮江天満宮もそうですが、この写真のように、神社には鎮守の森がつきもの。神社に植えられている樹木は、伐採するとバチが当たりそうで、なかなか伐られない。なので大きな樹となり、立派な鎮守の森となる。
かつて、里山の木々が、燃料は草肥として重宝され、住民によって厳重に管理されていた時代、里の山々には巨木はなく、神社の森と、御留山とされた奥山にしか巨木の森はありませんでした。

戦国期になり、色んなお城が築かれるようになる。その城山は、今の高知城のようなイメージで、天守台は見晴らしの良い、スッキリした山でありました。
明治になり、お城がお城としての役目を終え、そして里山も燃料や肥料の供給をする必要が無くなってくると。かつての城山には樹々が鬱蒼と生えて深い森となり、いつしか、見晴らしの良かった天守台も樹々に覆われてしまう。

先日の高知新聞にあった、高知城のクスノキの巨木を伐採することに決めたという教育委員会の判断に批判が殺到。結局、伐採は中止になった、とのこと。
高知城の元々の姿、本来の有り様を考えると、伐採の方が正解。しかし、伐るのがもったいないくらい巨木に成長させてしまった今、判断が難しくなる。
僕は、ご神木でもないので、伐採した方が将来に禍根を残さないのではないか、と思ってしまいました。ご批判は承知の上。このまま樹齢何百年の巨木になったら、高知城と、どうやって折り合いをつけていくのだろうか、と思ったので。高知城の、元来の姿、有り様が最優先だろう、と。

それよりも、高知城歴史博物館の真下で発掘された中世の水路などの遺構を、博物館の展示にせず、破壊してしまったことの方が、ずっと、嫌だ。県の見解は「それほど貴重な遺跡だとは思っていない」。なんだそりゃ。高知の町ができあがっていく過程を見事に教えてくれる貴重な遺跡を、「歴史博物館」建設の為に破壊する、というパラドックスが、嫌でした。

樹木は、将来を見越して、管理する必要があります。天守台が樹々に囲まれてしまった岡豊城や朝倉城、中でも、眺望がまったくなくなってしまった浦戸城の天守台は、早急に、考えた方が良いと思いました。元親や一豊、康豊が、そこでどんな気持ちで海を眺めたのか、体感する為に。

巨木になり、ご神木となってしまう、その前に。


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