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旧石器時代人が見た風景〔5054〕2017/02/15

旧石器時代人が見た風景

2017年2月15日(水)晴れ!

良いお天気。
皆さん、昨日はどんなバレンタインデーだったでしょう。会社の僕の机の上には、出入りの業者さんからの義理チョコ感満載チョコが置いてありました。ですが、それはそれ。チョコレートは好きなので、美味しかったです。

さて。
写真は今朝、4時半の浦戸湾。弘化台からタナスカへ渡る橋の東詰から、南の方向を撮影。左手の埠頭は、以前にもご紹介した、実習船「土佐海援丸」が停泊する岸壁。
正面には太平洋セメントさんの灯り。その背後に南嶺。右端の明るい部分は弘化台。

左の向こうは、浦戸湾が一番狭くなっている、場所。その西側は、あのように標高200〜300mくらいの山が西へと連なる。東側も、大平山を中心にした連山が東へと連なる。フィリピン海プレートがユーラシアプレートに沈み込むに連れ、ユーラシア側が盛り上がってできた連山。

ところで地球は、更新世から、氷河期と間氷期を繰り返してきました。この何十万年かは、約10万年単位で。氷が固まるには時間がかかるが、融けるのはあっという間、という体験、ありますよね。地球もこれとまったくおんなじ。何万年もかけて氷ができてゆき、数千年で、融ける。
一番最近の氷河期、ヴュルム氷期は、7万年くらい前から1万年くらい前まで。その手前の間氷期で一番暖かかったのが12万年くらい前。北極や南極の氷が融けて海水面が上昇し、浅海底となった場所に大量の土砂が堆積して、名古屋城や熱田神宮、大阪城などが立つ、あの台地を形成した、という話はご存知ですよね。

で。21,000年前くらいが、一番寒かった時期にかありません。旧石器時代。海水面は今から100m以上低くなった。何万年もかけて氷河が広がり、何万年もかけて海水面が低下していく。その過程で、ユーラシアから人類が日本へやってきて、旧石器文化を育み始める。こじゃんと寒かった時代。

この写真の海はなく、眼下に数十メートルの谷が刻まれて、急流となって南へ流れていたと思われます。その、東西の孕半島に挟まれた狭い部分は、文字通り峡谷。その谷を流れる川は、今の浦戸湾口よりも南まで流れて太平洋に流れ込んでいました。

それから、数千年の間に温暖化が進み、氷河が融け、海水面が一気に上昇する。
その過程で、四国山地から運ばれてきた土砂がどんどん堆積する。2万年前に地表であった部分は、何十メートルもの土砂の下に隠れてしまいました。
それが、この風景。

土佐湾と高知。東京湾と関東。似てます。
プレート運動の影響で、長い年月かけて、室戸岬と足摺岬は隆起を続けている。そして、その間の部分は、浦戸湾などを中心にして沈降。周縁部が隆起して、中心部が沈降。
関東平野も同じで、房総半島東側や三浦半島は隆起し、東京中心部は沈降。
関東も高知も、沈降した中央部には土砂が堆積して、かつての地表は、現在の地表や海底よりもの遥かに下、数百メートルから数千メートル潜ってしまっているのであります。

2万年前、土佐にも、人類が暮らしていました。
この、満々と海水が湛えられた浦戸湾を見るたび、その2万年前の土佐人が見ていた風景を想像してしまいます。この海水が無くて、眼下数十メートルの、谷。その向こうで峡谷を通り、早い流れが南へ流れて太平洋へ。その当時の地表は海と土砂のずっと下に埋もれていますが、そこには、旧石器時代人が暮らした痕跡が、きっと、残されています。
発掘してみたい。不可能ですが・・・


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