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千年辻の証拠〔5032〕2017/01/24

千年辻の証拠

2017年1月24日(火)晴れ!

ひやい。この冬で一番ひやいかも知れません。昨日の夜、会合の後、家に帰りよってシビコオリました。
四国でも山間部で大雪の恐れ、などと予報で言うていたので、高知自動車道がどうなるのか気が気ではありませんでしたが、高知自動車道界隈の雪はそれほどでも無いようで、安心しました。あの道路が通れるか通れんか。弊社の広域物流にとっては大問題だもんですき。取り敢えず、ホッとした朝。

昨日、千年辻について書きました。割合に近い南与力町で生まれ育った僕が全然知らなかった名称なので、高知市民でも、ほとんどの方がご存知無いと思う。ご近所の方でも、果たして知っている人、どれっぱあ居るんだろうか。
そこが千年辻であった証拠が、この写真。大正14年発行の市街図なので、間違いなく、大正の終わり頃には千年辻と呼んでいた訳だ。

昨日も書いたように、菅原道真一千年祭が盛大に行われたのが明治35年。その頃に郡道潮江線の工事が行われ、新しく誕生した交差点に名前が付けられた訳なので、少なくとも20年以上は千年辻と呼び習わされていたのだろうか。

○○辻。昔は、交差点のことを辻と呼び、○○辻という名前がつけられました。
有名なところでは「札の辻」でしょうか。
日本中にあります。札の辻。人通りの多い交差点に高札場が設けられ、そこを札の辻と呼んだ。高札場は、法令などを板に書いて立てておく場所。そこが交差点であれば「札の辻」。
しゅっと思い浮かべる札の辻は、泉岳寺から第一京浜(旧東海道)を北上したところにある札の辻。第一京浜は右へ、大門の方へと進むが、皇居方面は左が近い。箱根駅伝の復路の選手たちは、札の辻を左に折れたと記憶します。

Googleで「札の辻」を検索すると、滋賀県大津市の札の辻が多くヒットします。
あと、高徳線に「辻」という駅がありました。いや、今もあるか。

しかし、高知で辻と言えば、やはり梅ノ辻でありましょう。梅ノ辻ですが、梅ヶ辻と呼んだりもする。その問題を、以前、検証しながら考察したこともありますね。懐かしい。
この写真の市街図も、よく見ると表記は「梅ヶ辻」ですな。

単に、五叉路なので梅ノ辻と名付けたくらいに思ってました。梅の花びらが5枚ということで。しかし、その五叉路が誕生した時のいきさつを知ってしまうと、その「梅」にはもっともっと深い意味が込められていることに気付く。
郡道潮江線は、天満宮と筆山の間を開削し、建設された道路。丁度、それが菅公一千年祭の時期だったので、天満宮は、それに合わせて大改修工事を行う。
できあがった道路は、天満宮と菅公をリスペクトしたであろう。大げさに言えば、菅公一千年祭を記念してつくられた道路、てな感慨があったかも知れない。

で、その道路ができることによって新しくできた交差点に、菅公ゆかりの名称をつける。それは、自然な流れであったのかも知れません。

東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ

梅をこよなく愛した菅原道真公。なので梅ノ辻。そして菅公一千年祭。千年辻。そんな、人々の想いは、いまはもう忘れられているのか。


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