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千年辻〔5031〕2017/01/23

千年辻

2017年1月23日(月)晴れ

冷えました。冬の朝らしい、冷え込み。シビコオル。
ここは今朝、4時過ぎの「千年辻」。Y字路。

Y字路で思い出すのは横尾忠則でしょう。丁度5年前、兵庫県西脇市に泊まった折に、天才横尾忠則のことを書きました。西脇市出身の横尾忠則には、西脇市にたくさん存在するY字路をモチーフにした作品があるのであります。
目の付け所が横尾忠則。西脇市は駅伝くらいしかイメージがわきませんが、なかなか良い街でした。

で、Y字路、千年辻。
ここはですね、天神橋南詰から斜めに東へ数十メートル。梅ノ辻から土佐道路の方へと抜ける道に、天神橋南詰からきた道が合流するところ。その交差点を、東から西向いて撮影してみました。このY字路が「千年辻」と呼ばれたこと、知っている人は少ないかもしれない。

元々、ここはY字路ではなかった。明治30年発行の「土佐國高知市街圖」というのを見てみると、この、右側の道しかない。
この写真をよく見てみてください。右手の道の突き当たりに、潮江天満宮参道入り口の明かりが見える。その右手は、西へと向かう土手上の道。
明治30年当時は、まだ、梅ノ辻もなく(電車通りも無いので)、小さい道が複雑に入り組んだ天神町。で、東から来た道は、ここから天満宮の北側の道へつながる。天満宮の北側を通り、土手沿いに河ノ瀬、神田方面へと道は伸びていました。要法寺も真如寺も天満宮も、ぜんぶ、道の南側。筆山の山麓に鎮座まします。

ところが。
大正10年発行の「高知市街圖」では、様相が一変しています。「郡道潮江線」という道路が開通している。この道路は、現在の、梅ノ辻から土佐道路の方へとつながる道。要法寺の北から、真如寺と天満宮の南側を抜ける道路。筆山と真如寺、天満宮の間に道路を抜いた訳だ。その道路の東の起点が梅ノ辻。電車通りができてましたので、五叉路ができて梅ノ辻。

この写真で言えば、左側の青信号方面へと進む道が、当時つくられた郡道潮江線。
元々の道は右側の、天満宮の北へ抜ける道。
そんな訳で、ここがY字路になったのでありました。Y字路には、理由がありました。

さて。電車通りの五叉路には梅ノ辻という優雅な名前が付けられる。梅の花びらは5枚だし、梅の花ゆかりの天満宮へつながる道なので梅ノ辻。
それではここに新たにできたY字路はなんとしょう。考えたんでしょうね。

ここからは想像。
ここにY字路ができたのは、明治35年頃のことではないか、と、僕は想像する。その理由は、このY字路につけられた名前が「千年辻」だから。大正10年発行の地図にも、大正14年発行の「高知市街圖」にも、このY字路に「千年辻」という名称が書き込まれています。
この「千年」とは。
明治35年(1902年)は、菅原道真一千年祭にあたるんだそう。道真公が大宰府で失意のうちに薨去されたのが903年。潮江天満宮も、一千年祭に際し、大改修工事が行われたと記録にあります。その時、天満宮の南側、筆山との間に郡道がひかれたのでありましょう。

その道路建設により、新たに出現したY字路に、一千年祭を記念して、千年辻と名付けた。これはもう、間違いないと思います。
梅ノ辻も、道真公ゆかりの梅の名を冠した名称。千年辻も、道真公ゆかりの名称。

今なお、梅ノ辻の名称は使われていますが、千年辻は、今はもう、誰も知らない。


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