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区切りの実感〔5004〕2016/12/27

区切りの実感

2016年12月27日(火)雨のち晴れ

5004日目のにっこりひまわり。こないだ、区切りの5000回を迎えて4日が過ぎました。そしてあと4日でお正月。
こないだから書きゆうように、太陽暦のお正月は、別に天体の運行上で特別なイベントがある訳では、ありません。天体運行上で、一年の始まりに相応しいのは、やはり、冬至でしょう。その日から毎日お昼が長くなっていくので。
クリスマスは、キリストの生誕祭ということですが、新約聖書にキリスト生誕の日に関わる記述はない。後世になって、土着宗教であるミトラ教で大切にされてきた冬至のお祭りが、いつしかクリスマスになったという説が有力ですきんね。

とは言え、今の日本では、やはり一区切りと言えばお正月でしょうか。

昨日、天晴元年の石灯籠をご紹介しました。世間一般では慶応三年。1867年。明治維新はいったいいつか?ということになると、この年の大政奉還とか王政復古とかを言うことが多いものの、明治改元は、翌年、1868年10月23日。明治元年は慶応四年で天晴二年で、1868年。
どちらにしましても、幕藩体制と明治政府というのは、明らかにひとつの区切りであり、ほとんどの日本人は、その境目を実感しておったものと思われます。

ここは、今朝、5時頃の潮江天満宮。小雨に濡れる参道。明るい建物が手水舍。その向こうに大きな楼門があるのですが、今は暗くて見えません。
その手水舍に鎮座まします水盤は明治10年寄進のもの。昨日の天晴元年銘の石灯籠は、まだこれから我が国がどうなっていくのかまったくわからない、大きな不安とちょっとの期待が入り混じった感情の中で寄進されたと思われます。
しかし、明治も10年になると、不平士族の反乱などが頻発してはいたものの、概ね、この国の行く末が朧げながら見えてきた、藩政期とは全然違う社会になるんだ、ということが見えてきていた時期と思われます。

では、江戸幕府の始まり、江戸時代の幕開けはどうだったのか。
教科書では、家康が征夷大将軍になったことをもって、江戸幕府の開府とすると習うたような気がします。1603年3月24日、ということになる。しかしだ。
この日は、慶長8年2月12日。別に、徳川幕府開府記念オープニングイベントがある訳でもなく、オープニングアクトがある訳でもなく、オープニング記念式典がある訳でも、ない。改元すら、おこなわれることはありませんでした。
慶長は、この後も慶長20年まで続くのであります。慶長元年は1596年で、慶長20年は1615年。ここでやっと、元和に改元される。

庶民にとって、戦国時代が終わり、徳川の世になって、時代が平和に落ち着いた、という実感はなかったと思います。歴史の教科書とかで、現代から振り返って見てみると、1600年の関ヶ原と1603年の征夷大将軍はかなりエポックメイキングなことに見えますが、同時代人にとっては、それまで繰り広げられてきた合戦や政体変更の続きという認識やったのかも知れません。改元すら、されてないので。ずうっと、慶長。

慶長20年、こないだ真田丸でやりよったように、大坂夏の陣で豊臣が滅ぶ。そして、元和に改元。

その時代の人々にとっては、この年が、一つの大きな区切りと感じられたのかも知れません。
1603年が歴史の教科書で重要視されるようになるのは、後世からの視点なんでしょうな。

そんなこんなを考えたりしながら今年も暮れゆく。
今日は、今年最後の忘年会。高知県中央酪農組合連合会の忘年会。一年で一番重要な忘年会は、本日お昼12:30から、葉牡丹で始まります。


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