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今日のにっこりひまわり

高知の城下とイノシシ〔4997〕2016/12/20

高知の城下とイノシシ

2016年12月20日(火)曇り

年の瀬。
このにっこりひまわり、今日が4997回目。4997日目。今週の金曜日、連続5000日となります。いやあ、思えば遠くへ来たもんだ。13年と8ヶ月ですきんね。世の中の風景も、随分と変わりました。

写真は、今朝の高知市。筆山の駐車場から撮影。赤い鉄塔が2本見えます。右側がNTTの鉄塔で、左側が四国電力でしょうか。その鉄塔の向こうに隠れているのが高知城。大高坂山。2003年4月17日、あの高知城の二の丸で、にっこりひまわりはスタートしました。
眼下を流れる鏡川。右端に天神橋。夜明け前、午前4時半頃の高知市は、静かに明るくたたずんでおりました。

先週市内で目撃されたイノシシは、あの天神橋北詰から東進し、はりまや橋交差点を通って更に東進、菜園場から北上。江ノ口川南岸を今度は西進して丸の内高校界隈。で、南進して、本町4丁目でシャッターにぶつかりよった、と、言います。
本町4丁目と言いますと、あの、左側の電力さんの鉄塔がある界隈だ。あの界隈で消息を絶った、イノシシ。
鏡川を渡ることができたら、この、筆山のある南嶺に逃げ込めるのであるが、こうやって見てみるとなかなかハードルは高そう。
あの界隈で、ドングリやミミズなどの食べ物にありつけそうな場所と言えば。

高知城だ。

僕がイノシシなら、高知城のある大高坂山に逃げ込みますね。しかし、あの目撃騒動から後、高知城でイノシシを見かけた、などという話はない。観光客や散歩する人がこじゃんと多い高知城なので、もし、そこに逃げ込んだとすれば目撃されちゅう筈ですよね。

と、言うことは、やはり、あの天神橋か何かを渡って、この筆山へと逃げ込んだのか。

山内一豊は、関ヶ原の後、一旦浦戸城に入城し、大高坂山を中心に城下町を建設することにしました。鏡川(潮江川)と江ノ口川(大川)に挟まれた河内に。
で、潮江川には、基本、橋を架けない。
もし、長宗我部の残党が北の山から攻め込んできたら、鏡川を南へ渡って筆山へ逃げ込み、南嶺を伝って海の方へと退却する。そんな危機管理があったことは、間違いありません。なので、橋を架けなかった。天神橋以外は。
筆山北麓には、菩提寺が置かれ、山内家の墓所も。

潮江川には、天神橋以外の橋は、架けられませんでした。
そんな江戸時代、イノシシはどうやったんでしょうね。南嶺から下りてきて、天神橋しかない潮江川を北に渡って城下町に侵入したことはあったんだろうか。そんなことせんでも、山に食べ物が豊富にあったんだろうか。

いや、その頃の里山は、今みたいな山ではなかったと思います。筆山、高見山は墓山。そして、山の木々は、人々の燃料や肥料として利用され、里山は禿山のような、つまり、今の高見山のような外見であった、という話もあります。

どちらにしても、イノシシは人々の貴重なタンパク源で、専門家によってどんどんと捕獲されていたので、街に出てくる、などということは無かった。それが正解。
もし、城下町にイノシシが出現したら、皆、寄ってたかって成敗し、寄ってたかって食べることにしたでしょうな。


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