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昔の羽田は、ここに〔4991〕2016/12/14

昔の羽田は、ここに

2016年12月14日(水)東京は雨

今朝は東京。昨日のお昼、やって来ました。で、今朝の一便に乗って、高知へ帰ります。
今、羽田空港の出発ロビーで、このにっこりをしたためておるところ。
東京は、昨日の夜から雨。冷たい雨。風も強い。

そんな冷たい雨の中、4時に起き出して走ってきました。昔の羽田堪能RUN。
泊まっていたのは京急穴守稲荷駅近くのホテル。そこから東進すると、海老取川。川沿いに南下すると、天空橋の駅があります。
現在の京急天空橋駅は、海老取川の東、空港島側にありますが、1993年までは、京急線は海老取川の西にありました。羽田空港駅という駅名で、終点となっちょりました。

その頃の羽田空港のターミナルは、現在の国際線ターミナルの西側にありました。なので、京急羽田空港駅は、空港駅という名前ではありますが、かなり空港までは遠く、空港利用者が使うことはほとんど無かったと言います。
その京急線、戦前には、実は、今の国際線ターミナル近くまで延びていた。そこにあったのは、穴守駅。その終点で降りると、穴守稲荷神社の一の鳥居があり、参道を北へ進むと、穴守稲荷神社。
そう。穴守線は、そこに鎮座ましましちょった穴守稲荷さんへの参拝客を運ぶ、電車でした。

穴守稲荷さんの周辺は干潟で、海水浴場も整備され、温泉も掘られたという。東京都民や神奈川県民の、のったりまったりした憩いの場であった現在の羽田空港国際線ターミナルの西側。その頃のことは、このページで見れます
また、その当時の地図はこんな感じ

戦争が終わった直後、その穴守稲荷周辺の土地は米軍に接収され、昭和20年9月21日、48時間以内に立ち退くことを命じられる。住民やお稲荷さん関係者は、落胆する中、退去。その際、穴守駅近くの一の鳥居を撤去しようとすると、いろんな事故が頻発。そんな訳で、空き地の中に、一の鳥居だけが残されたのでありました。

昭和29年、羽田飛行場が、東京国際空港となってターミナルビルを建設する。それこそ現在の国際線ターミナルの西側。僕らが学生の頃まであった、あのターミナルビルだ。
その建設の際にも撤去されようとした一の鳥居ですが、またまた事後が起きて死傷者が出てしまう。そんな訳で、駐車場のところに、一の鳥居は残されました。

僕が社会人になった頃から空港拡張工事が始まり、現在の第一ターミナルが建設される。その際、その曰く付きの一の鳥居も、滑走路になってしまうので、どうしても撤去せんといかんなりました。しかし、それまでの経緯が、ある。そんな訳で、南西の、海老取川沿いに移設されたのでありました。

写真は、午前4時半の、その鳥居。現在は「平和」と書かれた扁額。
向こうに国際線ターミナルの灯り。
あの手前に、かつて、穴守稲荷神社が鎮座し、空き地となった後、空港ビルができた

今は、穴守稲荷さんが鎮座していた場所も、僕らが利用した空港ビルも、滑走路などの施設になってしまった

この写真の風景には、戦前からの人々の歴史や、僕らの若い頃の歴史が詰まっています。

現在の京急穴守稲荷駅近くに遷座された穴守稲荷さんにお参りして、ホテルへ帰ってきました。


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