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帯屋町遺跡〔4911〕2016/09/25

帯屋町遺跡

2016年9月25日(日)薄曇り

蒸せます。日曜日。朝のうちの雨は上がり、蒸せる日曜日になりました。
今日はお昼から、近場をたつくってきました。お城周辺。
で、ここは帯屋町遺跡。昨日も書いたように、藩政期、帯屋町と言いますと、県庁前の西、升形まででした。お城下で一番長い、街。なので、ここも、帯屋町。帯屋町遺跡。

写真には、県庁がどかんと写っちゅう。その前。ここは、この春まで、高知市民図書館がありました。「市立」図書館ではなくて「市民」図書館。この名称には、この図書館を作り上げてきた皆さんの熱い熱い想いが込められております。ここにあったのは、まさしく、「市民」の図書館でありました。

図書館も、その東側の市役所本庁舎も取り壊され、この同じ場所に、市役所の新庁舎が建設されるのであります。それを控えての埋蔵文化財調査が行われ、今日はその現地説明会。たくさんの善男善女が集まっておりました。

まあ、今日の説明は、ここに藩政期初期からあった家老屋敷などのものでした。手前の穴がごみ捨て場で、そこに、様々な生活用品やら木簡やらが埋められていた、という話。まあ、そうでしょう。
で、家と家の間の境界が確定できたり、邸宅のおおざっぱな有り様がわかったり、ということでございました。
出土した木簡には、ここに住んでいた家老への贈答品目録やら、生活に関わる様々な送り状やらが記載され、藩政期のここでの生活が、臨場感をもって明らかになってきた貴重な資料と、言えます。

この辺のことは、まあ、予想通り。そんなものが出てくるだろうな、という感じ。今朝の高知新聞のコラムにもあったように、お酒にまつわる木簡がでて来たり、というのは土佐藩らしゅうて面白かったりも、します。

残念であったのは、ここに住んでいた家老、例えば寛文九年の絵図にある山内織部さんの、メインで暮らしていた建物などの痕跡が、わからんかったこと。
何故かというと、丁度その部分が、市役所本庁舎の地下1階であったから。ありましたよね、市役所の地下1階。地下階をつくってしまったので、そこにあった遺跡は、全部、建設の際に破壊されてしまった。昭和33年に市役所庁舎を建てた際、その遺跡は、無造作に破壊されてしまったのでありました。当時は、そんな埋蔵文化財の重要性よりも目先の経済合理性が重要視された時代。仕方ないとはいえ、惜しい。

あと、今回の発掘では、この写真現場の、もう少し下を調査してもらいたかった。藩政期以前、戦国期や中世、ここがどんな場所であったのか。
昨年行われた、市役所本庁舎南部の調査では、田んぼの基部の粘土や水路が確認され、集落の周縁部で農地であったことは、なんとなくわかってきちょります。
中世から戦国にかけて、まさに、ここを中心に、徐々に都市が広がっていった訳で、その辺を確認する発掘をおこなって欲しかった。それにより、この高知の街がどのように形成され、広がっていったのかわかってくるので。

ここに、新しい市役所庁舎が建つと、そんなこともこんなことも、全部、地中に埋まってしまい、あとは僕たちの妄想が残るだけ。都市ができあがっていく過程への妄想。まあ、それもまた楽しいんではありますが。


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