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台風10号は要注意〔4877〕2016/08/22

台風10号は要注意

2016年8月22日(月)晴れ!

夏の甲子園もオリンピックも終わり、子供達の夏休みも、あと一週間ちょっと。とは言え、まだまだ暑い日本列島。良き哉良き哉。
東日本の方面には台風が来よりますね。お気をつけください。
我々にとって気になるのは、台風10号でしょうか。こんな方面から南西へと進んでくる台風なんて、ちょっと、びっくり。現在南海上でほとんど停滞、となっちょります。さて。これからどちらに向かうのか。

台風10号で我々世代の高知県人が思い出すのは、昭和45年の台風10号。土佐湾から高知に上陸した台風10号は、高知港の満潮時に重なったせいもあって、とんでもない高潮が高知市内を襲いました。雨もすさまじく、高知市内は水没。南与力町の僕の家も浸水。家の前の道路を、救助のボートが通っていくのを二階の窓から眺めたことを思い出します。市内が海になりました。
そしてあの時、家に、長姉は居なかった。そう、確かに、居なかった。今思い出すと、そうでした。理由は、昨日の鏡第二小学校なんですね、これが。

長姉は、僕と同じ中高の吹奏楽部。昭和45年当時は、中学生。で、夏の合宿に、昨日ご紹介した鏡第二小学校へ泊まり込んでおったんですね。そこに台風10号が直撃。
先輩方の話を聞いておりますと、それはそれは凄まじかったようで、昨日の写真の突き当たりに当時建っていた小屋のような建物の屋根が吹き飛び、高校一年の副部長さんの女性が怪我をした、という話も。もちろん孤立し、大変な状況の中で台風を過ごし、なんとか帰ってきた、ということでございます。
たぶん、今ならニュースになっちょりますね。間違いなく。
こんな鷹揚な危機管理の時代でした。

で、そんな状況でも、別に保護者が文句をつける訳でもなく、歴史的な台風の中で合宿は続けられたのでありました。そんな時代。
そう。そんな訳で、昭和45年の台風10号の際、南与力町の家に、長姉は居なかったのだ。今、思い出し、また、その理由が理解できました。

ここは今朝、4時頃の鏡川。潮江橋北詰から天神橋方向を撮影しました。夏の夜明け前。静かな川面。この川も、台風のたびに増水し、濁流になります。しかし、僕の記憶では、まだ、堤防を越波しての氾濫というのはないですね。台風10号で南与力町が浸水したのは、あまりの降水量に、排水が追いつかんかったから。
一度だけ、あの天神橋の向こうの南岸を鏡川が越えそうになった、そんな台風がありました。消防団が必死になって土嚢を積み、ギリギリのところで決壊を免れた、そんな記憶。
もし、あのときに堤防が決壊していたら、天神町から潮江にかけて、大規模かつ深刻な洪水になっちょったかも知れません。
いや、大自然は恐ろしい。

この北岸の堤防上には、戦争の頃まで、豆腐屋さんが立ち並んでいた、という話は何度も書きました。藩政期初期から、豆腐商いの特権を与えられた人たちが、維新後もそこで豆腐商売を続けてきた、唐人町。
唐人町は、幾度も幾度も襲ってきたであろう台風には、どのように対応してきたのだろうか。唐人町を越えると、城下町へ濁流が流れ込むことになる。
当時は、現在の河ノ瀬などの地区が遊水地帯になっていたので、唐人町の堤防を濁流が越えることはなかったのかも、知れません。
郭中を最優先で守るように、城下町の設計が為されておったので。

唐人町の堤防のメンテナンスは、そこで商いする豆腐商人たちに委ねられていたのか。藩政期は、特権をうまく供与することで、インフラ整備やメンテナンスを合理的かつ経済的におこなっていた時代。
豆腐商人たちは、自分たちの町を守るメンテナンスを一生懸命やったでしょうし、それが、城下町を守ることにつながる、という仕組み。たぶん、そう。持ちつ持たれつ。

ともあれ、台風10号は、要注意。


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