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今日のにっこりひまわり

4回目の2月29日もひろめから〔4702〕2016/02/29

4回目の2月29日もひろめから

2016年2月29日(月)晴れ

暖かい朝になりました。明日から3月。もう、春だ。高知を包む空気も、なんとなく春霞んで、ウキウキしてくる感じ。
で、今日は2月29日。このにっこりを始めたのが2003年4月17日なので、これで4回目の2月29日。閏年ですきんね。オリンピックイヤー。次の閏年の年は、もう、東京オリンピックになるのか。いや、時の流れは速い速い。どんどんと遷り変わってゆく、世の中。

過去の閏年を見てみましょう。
前回、2012年2月29日は、高知駅の風景を撮影しちょります。あの新しい高知駅の駅舎と駅前広場が全部できたのは2008年の夏。しかし、線路が付け替えられ、あの高架の新駅舎の利用が始まったのが2008年2月28日なんですね。そんな訳で、8年前の2月29日は、高架下に積み上げられた、不要になった踏切をご紹介しちょります。

風景としては、4年前に撮影した高知駅の風景は、そんなに変わっちょりません。植えられた樹木が少し大きくなったくらいでしょうか。劇的に変化した風景もあれば、そんなに変わらなかった風景もある。

変わらない風景と言えば、ここでしょうか。ひろめ市場。
今から12年前、にっこりひまわりで初めて迎えた2004年2月29日は、ひろめ市場からお届けしちょります。ひろめ市場ができたのは1998年秋なので、もう、オープンしてから5年を過ぎておりました。
そもそも。
ひろめ市場は、バブル期の地上げで宙に浮いた土地を、地元の商店街の皆さんが何とか活用しよう、ということで、5年間という期限つきで始まったもの。ダイエーが撤退し、商店街に巨大な白い壁面ができて、帯屋町2丁目が元気をなくしていた時期。
繁華街の中心は、もっと東の大丸界隈で、中心商店街は西から寂れていく、などと言われていた時代。

そんなヒトの流れを少しでも西へ取り戻そう、という考えであったと記憶します。
で、蓋を開けてみれば大成功。昼間っから飲めるオープンスペース、というのが高知県民の心の琴線に響いたのは間違いない。もちろん試行錯誤はあり、お店の入れ替わりも激しかったですが、契約期限の5年目を迎える頃には、運営も店舗も、かなり安定しちょりました。

こんな素晴らしい施設を止める訳にはいかん、ということで契約は延長されました。12年前の写真は、そんな5年目のひろめ市場の風景。
で、今朝も、同じような時間に同じような場所から撮影してみました。ああ。12年。基本的には何も変わっていないのに驚きます。
もちろん、左手のお店がインド料理店に変わっちょったり、天井の照明に少し変化があったりはします。が、基本は、見事なまでに変わっていない。

この12年間で、ひろめ市場で変わったことは、観光客さんが増えたこと。
そう。12年前の主要なお客さんは、高知県人でした。間違いなく。
朝っぱらからお酒を飲んで、気軽に話しかけてくる酔うたんぼのおんちゃん。それが、県外から来られた皆さんには新鮮に映った訳だ。今までは、家族の目を盗み、顰蹙を買いながらやっていた行為が、県外人を呼び寄せることにつながってしまうとは。
今では、高知を訪れた観光客さんがまず行く場所は、ひろめ市場。そんなスポットになってしまいました。

重要なことは、地元が楽しむことから始まった、ということ。
こないだ、讃岐うどんのところでも書きました。そもそも、うどんを食べまくる文化があった。色んなバリエーションのうどん屋が、地元民の為にできた。それに、観光客が吸い寄せられるようになった。同じだ。
よさこいも、地元の皆さんが自由に思い切り楽しむこと。それがあったから、こんな祭りがあったのか、ということで全国に広まっていった。同じだ。

これからもひろめ市場が栄えていくには。
もちろん建て替えや改装の話も出てくるでしょうね。その際、重要な目線は、観光客ではなく、地元。地元の人がいかに楽しめるか。そこを間違うと、全国にある、お金を使ったガラガラの観光施設になってしまう。

この場所は、小生が子供の頃、「ひろめ屋敷」と呼ばれたごちゃごちゃの住宅密集地でした。真ん前に追手前小学校。小学校の同級生も多く住んでいたひろめ屋敷。
小学校の同級生とひろめ市場で飲んでおりますと、「確かおまんの家は、この柱の辺りやったぞにゃあ」などと言う会話ができます。
小学校の頃も、今も、小生の遊ぶ場所であり続けてくれゆうひろめ。
これからも楽しい場所であり続けてもらいたい。


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