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物部川河口、ひまわり乳業南国工場〔4684〕2016/02/11

物部川河口、ひまわり乳業南国工場

2016年2月11日(木)晴れ!

そんな訳で、今、東京へと向かう飛行機の中で、このにっこりを書いております。昨日のお昼、高知県西端の宿毛で開催された、幡多酪農組合さんの総会と懇親会に出席、二次会までグッスリ飲んだ後、高知へ帰宅。そして今朝、東京行きの1便に乗っちゅうのであります。
昨日、今日、明日と、東京ビックサイトで開催中のスーパーマーケットトレードショーに行くのが主たる目的。

とは言え、今年はひまわり乳業、出展しちょりません。この数年間、ずうっと出展を続けてきまして、一通り認知度が高まったので、ここらで一区切り、としました。
とは言え、やはり全国から集まったこだわり商品がたくさん見られますので、一見の価値は、あります。また、お客様とご一緒できたるするのも、SMTSの醍醐味であったりもします。
今朝の飛行機にも、量販店の社長さんや、食品メーカーさんが多数、搭乗しております。

写真は、離陸する飛行機から撮影した物部川河口。ジオラマモードでの撮影なので、少しおもちゃみたい。物部川に架かる橋が見えます。一番河口のところに河口大橋があるのですが、この写真でははっきりと見えません。で、手前。国道32号線、通称南国バイパスの橋が見え、その手前に、土佐くろしお鉄道ごめんなはり線の橋と旧国道の橋が並んで見えます。
バイパスの橋と鉄道の橋の間の右岸。そこに、弊社が鎮座しちゅうのが見えますでしょうか。空から見たひまわり乳業。

こうやって空から見ると、物部川の流路を、堤防で強引に抑え込んじゅうのがよく判る。現在の流路に確定させたのは、たぶん、藩政期初期の野中兼山さんの時代。それまでは、大水が出る度に流路があちこち変遷していたと思われる、物部川河口部。かつての流路の跡が、田んぼの区割りなどの地形から想像できます。

興味深いのは、南国バイパスの辺りで、物部川の河川敷がくびれるように狭くなっちゅうということ。
写真手前の左岸には、広い河川敷が見えます。その左手は野市の台地。洪積台地。10万年ちょっと前の間氷期に、温暖化で海水面が上昇して浅海底となり、四国山地から流されてくる土砂が堆積してできた台地。その台地を、物部川が開削してできたのが香長平野。
河川敷と台地の境目は数メートルの崖になっちょります。線状の森になっちゅうので、空からでも境目はハッキリ。

物部川が、最も東寄りの流路をとっていた頃、この台地を開削してできた崖。
で、あんなにくびれちゅうのは、バイパスの橋の向こうに山があるから、ということが、空からみたらよく判る。上岡山。こうやって見ると、土砂が堆積してできた山ではなく、洪積台地ができる前からあった山であることは瞭然。あの山がなかったら、野市の台地は、もっともっと開削されて狭くなっちょったでありましょう。河川敷はもっともっと広く。

ひまわり乳業があの場所に南国工場をつくったのは昭和40年。小生4歳ですが、なんとなく覚えちょります。雨の降る中、餅ばわしをやりました。
この場所に工場をつくった主たる理由は、二つ。

一つ目は、この界隈が、高知で一番の酪農地帯であった、ということ。生産地に近い工場、とういのは、乳業にとってかなり重要なので。
そして二つ目は、水。この空から見た地形、風景からもわかるように、水の豊かな平野なんですね。四国山地から流れてくる川水や、地下水。おかげさまで、この工場、昭和40年に完成してからこちら、ただの一度も水で苦労したことがありません。清浄で豊かな水。牛乳工場にとって、こんなに嬉しいことはない。

大自然がつくりあげたこの風景は、ひまわり乳業の命の根源でもあるのであります。良い風景。


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