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歩道橋考〔4663〕2016/01/21

歩道橋考

2016年1月21日(木)晴れ!

歩道橋。
歩道橋というのは、今は完全に風景に溶け込みすぎて、いつもはほとんど意識していない場合が多いですよね。
「あの、歩道橋のある所よね」と、場所の説明をしても、「そんな所に歩道橋あったっけ?」などという反応が返ってきたりする程。

で、国道55号線で、県庁前から物部川までの間にどれっぱあ歩道橋があるのか、思い返してみました。
まずは、堺町。それから木屋橋の西側。そして宝永町。葛島橋西詰。高須小学校の南側。ここからは少し距離を置いて、大そね交差点の西の吾岡山の北側。この歩道橋は、その存在をまったく意識してない人も多いんではないでしょうか。たぶん、一番影の薄い歩道橋。
そして、この写真の、田村歩道橋。南国市田村。7つですかね。他、無かったですっけ?

歩道橋というものは、昭和40年頃から、たくさん作られたと言います。高度成長の時代、どんどんと交通量が増えていた時代。今からは想像もできんくらい、人口増加と交通量増加が激しかった時代で、渋滞の原因になる横断歩道や信号の設置は、なかなか認可が難しかったとされます。
歩行者の安全の為、と言う建前だが、どう考えても、自動車優先、経済効率優先の考え方の象徴みたいに見えますな。

そして迎えた人口減少と高齢化社会。
道路がたくさんできて渋滞は緩和され、たくさんの信号機や横断歩道。見ておりましても、歩道橋を渡る人、少ないですよね。
歩行者用の信号がない交差点に歩道橋がある場合、そこを自転車で無理に渡ろうとしちゅう危険な風景も、よく見かける。
こりゃあもう、歩道をつくった方が絶対に安全だ、と思われる風景。

そんな訳で、そんな当時につくった歩道橋も老朽化が進み、撤去が進む自治体も増えてきちゅうにかありません。景観のこともあって、積極的にどんどんと撤去しゆう自治体も多いと聞きます。京都市は、通学路になっちゅう歩道橋以外は原則撤去の方針。札幌市も、どんどんと撤去を進めゆうそうだ。東京でも、原宿駅前の、表参道側のあの歩道橋、撤去されたそうですね。

何より、ご高齢の方、あんな階段を上がったり降りたり、大変ですきんね。物理的に無理な場合もあるでしょう。
今の社会環境では、かえってまぎる、そんなことになってきた、歩道橋。

歩道橋をたくさんの児童が通学で渡っておった、そんな時代はいつしか過ぎ去り、横断歩道もないような場所を、ご高齢の方が無理して渡ろうとする時代を迎えました。

ここ、南国市田村の歩道橋の横には、その名も「ほどうきょう」という焼肉屋さんがあります。今までは歩道橋がひとつのシンボル、ランドマーク、象徴であったのかも知れない。この北側にある日照小学校へ通う児童たちが使う歩道橋。
もう、横断歩道でも良いのだと、思う。

さてさて。
物部川を渡ったら、次はどこに歩道橋があったでしょうかね。人間の記憶というものはアテにならんもんで、妙にはっきりとしません。田野にはありましたよね。あと、室戸市に入って、羽根にもあったと記憶します。他、なかったでしょうか。
このように、いつも目にしている筈のものが、まったく意識されてなくて、その存在すら認識していない、ということ、多いのかも知れません。
人間の記憶、あやふやなもんだ。

この歩道橋、もし撤去されたら。
毎日ここを通っている人でも、歩道橋がなくなった、と気付く人ばかりではないと思われます。
なんか、どこが変わったかわからんけんど、ちょっと風景が変わった気がするね、という人。
全然気づかない人。
同じ風景でも、人それぞれ、見えているものが違うのでありましょう。


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