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しなねの森〔4656〕2016/01/14

しなねの森

2016年1月14日(木)晴れ!

よく冷えました。会社の車はカチバリツイちょります。冬。やっと、冬、という感じ。
で、今朝は、今年初めて、土佐神社さんにお参りしてきました。夜明け前。まだ真っ暗い中に浮かび上がる土佐神社さんは、冷たい空気の中、荘厳にたたずんでおりました。

拝殿のお賽銭箱はお正月バージョン。大きな大きなお賽銭箱で、大勢の人が鈴を鳴らせるようにたくさんの紐が放射状にぶら下げられちょります。
拝殿から左手へ進むと、ご祭神不明に西御前神社さん、大国主神社さん、事代主神社さんが並び、その脇から奥の森へとつながる道が延びております。
しなねの森。

まだ真っ暗い森の小径を、歩くと、土佐神社本殿の真後ろへ。
写真は、その森の中の小径から、本殿方向を撮影したもの。しなねの森の向こうに本殿の灯りが見えます。
「しなね」は漢字でかくと志那禰。
この神社の大祭が志那禰祭と呼ばれるので、それに由来する名前。
志那禰祭は、今は8月24日・25日に行われます。元々、旧暦の7月2日・3日であったものが、太陽暦になってから、この日程に改め、確定したもの。
何故、志那禰祭と言うのか。神社のホームページには、「七月は台風吹き荒ぶことから風の神志那都比古から発したという説、新稲がつづまったという説、さらに当社祭神と関係する鍛冶と風の関連からとする説等があります。」と書かれちょります。
旧暦の7月初めは、早稲地である土佐では新米が穫れ始める時期。なので、新嘗祭に関係するのであろう、という説が、一番有力だそうだ。

土佐神社の御祭神は味鋤高彦根神さん。この神様は、一言主神と同一視される神様で、すなわち、高鴨神である、という説もある。
この神様は、続日本紀によりますれば、雄略天皇と葛城山で猟を争い、怒った雄略天皇によって土佐に流された、とされる神様。
土佐に流された一言主神は、浦ノ内湾の奥にたどり着き、鳴音神社(おとなしじんじゃ)として祀られた訳だが、そこから大きい石を投げ、落ちた地点がここ、土佐神社の場所であった、という話。で、その大石が落ちた地点を新しい奉斎の地とし、今に至ると。
その大石は「礫石」として、今もこのしなねの森の先に鎮座まします。

で、志那禰祭。
そんな経緯で、志那禰祭では、神輿による御神幸は浦の内の鳴音神社さんまで海路で赴いていた、と言います。しかしまあ、遠い。で、海難やら山犬に襲われるやらもあった為、五台山の北麓に御旅所「小一宮」を建て、そこまでの神幸に変更したそうだ。しかし、そこも遠い。こっから4km以上、ある。そこまでも、やはり、海路。国分川を通ってでしょうな。
そこで、明治13年、一の鳥居の場所に御旅所を設け、そこまで、歩いての神幸になった、とあります。

まあ、それはともかく、土佐一の宮。やはり厳粛さでは、群を抜きます。
神社後ろの漆黒の森。冷たい冷たい空気が立ち込める神様の森。
身が引き締まる、冬の朝。


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