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佐川、越知、古い古い歴史〔4407〕2015/05/10

佐川、越知、古い古い歴史

2015年5月10日(日)晴れ!

良いお天気。今日は、ちくと用事があって午前中佐川。高岡郡佐川町。牧野富太郎博士始め、偉人をたくさん輩出しちゅう文教の町、佐川。
佐川は、また、日本の地質学の発祥の地とも言われる、地質学の聖地なんでありますね。ドイツ人地質学者、エドモンド・ナウマンが、佐川の地質を調査研究、この界隈が貴重な化石を産出する地層であることを世界に紹介したのでありますね。

そんな訳で、佐川には、ナウマンの名を冠するものがたくさん。ナウマンカルストもその一つ。カルストと言うばあですき、石灰岩の露出する地帯。そう。秩父累帯南帯、つまり三宝山層の石灰岩層があるのでしょう。仏像構造線の北側には、石灰岩の層が東西に走っちゅう場合が多い。
そのナウマンカルストの公園で、昔、高知県のビッグバンドリーグの演奏会をやったことがあり、小生、出演しました。
ああ。懐かしい。
もう、20年近く前でしょうか。当時、昔の日本の曲をオリジナルアレンジでやったりするががマイブームでした。で、ナウマンカルストでやったのが「銀座カンカン娘」と「リンゴ追分」。

4ビートや8ビートの、なかなかファンキーなアレンジやったですね〜。
曲の合間、リンゴ追分の原曲を紹介する途中で、小生、歌いました。
りんご〜の花びらが〜 風〜に散ったよな〜
と、歌いました。ああ、懐かしい。本職はA.Saxなんですがね。色々無茶しよりました。
サックスのアドリブと見せかけちょいて、マイクに口を持っていって突然歌い始め、歌からサックスアドリブ、てなこともやりよしました。ああ。懐かしい。

それはさておき、佐川。
お昼に佐川での用事が終わったので、隣の越知の町まで車で積んでいってもらいました。で、横倉山の麓から少し駆け上がって、越知町立横倉山自然の森博物館へ。立派な博物館。
前回行ったのは、まだJr.が小さかった頃。あの頃、地学に興味がある訳でもなく、もったいないことをしました。
今日は、もう、堪能。立派な立派な施設ですが、本日、小生が行った際のお客さんは小生一人。独り占め。
地層、化石の数々を堪能し、いっぱい勉強してきました。

安徳天皇陵の参考地でもある横倉山は、源平合戦以前から、修験道の山。その険しい山は、独特の、古い古い地層に由来するのでありますね。黒瀬川帯。
秩父累帯の、北帯と南帯に挟まれた、日本でも最古級に古い地層、黒瀬川帯の岩石によって成り立っちゅうという横倉山。
こないだ、高知城の山が黒瀬川帯、という話もしましたが、それと同じ、4億数千年前からの地層。古い。

様々な化石が発掘されちょりますが、日本最古の化石、コノドントも、横倉山から発見されちゅうのであります。カンブリア紀から生息するコノドントは、微小な歯のような化石が発掘されちょったので、長らく謎の化石とされちょりました。結局、うなぎの小さいのみたいな細長い、しかし原始的な生物であるにかありません。コノドントは、横倉山と、岐阜県の一重ヶ根というところだけから発見されちょります。
黒瀬川帯のような、古い地層でないと発見できませんきんね。

エドモンド・ナウマン博士は、明治16年、18年の二回、佐川を訪れちょります。その際、横倉山にも登ったと思われます。佐川を案内した外山喬さんに、ナウマンは、詩を書いて渡しました。

緑なす山々と大地
海の底深く沈む
そしてその珍しき生物たち
海の底深き場所で出会い
再び地上に押し上げられ
まぶしき太陽の下に現る
そして人々はこの地に定住する
誰が知ろうこの詩の結末を

ああ。地学だ。

写真は、越知の、横倉山の麓、仁淀川に架かる橋。向こうが横倉山。
旧国道の橋ですが、古いトラスに銘板がありました。

昭和四年三月
株式会社野村組工作所架設

バスの運行を始めた野村組が、橋の架設までやってのけたのでありましょうか。
太古の昔から近現代まで、様々な歴史を楽しめる、越知、佐川。


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