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瀬戸大橋と瀬戸内海と高知県人〔4383〕2015/04/16

瀬戸大橋と瀬戸内海と高知県人

2015年4月16日(木)晴れ

良いお天気。昨日の夕刻、高松へやって来ました。香川県の高松。繁華街の中にあるホテルに泊まっちょりましたので、片原町駅から琴電に乗って高松築港へ。で、高松駅からマリンライナーに乗って本州へ向かいよります。写真は、マリンライナーから見た瀬戸内海の美しい朝。いや、ホント、美しい。

瀬戸内海の平均水深は、こないだも書いたように31m。この、備讃瀬戸界隈は比較的浅くて15m。そうか。かなり浅いんだ。平均で15mということは、もっと浅いところもあると言うことで、この橋から飛び込んだら底に足がついてしまうかも知れない。飛び込みたくはないですが。

で、最終氷期であるヴュルム氷期の一番海退が進んだ時期、2万年ちょっと前の時代には、海水面が今より120mくらいは低かった訳で、この備讃瀬戸は海抜100m くらいある台地みたいになっちょったのでありましょうか。
あの、美しい島々は屹立する山。そんな風景が想像できますな。

瀬戸内海が陸地であった時代、広島の太田川を主流とする西古瀬戸内川と、岡山界隈の中国山地などから流れ出る東古瀬戸内川という二つの大河があった、という話もあります。
と、言うことは。この備讃瀬戸を東古瀬戸内川が流れておったと言うことか。
明石海峡は現在の水深が148m。鳴門海峡に至っては217mもあります。と、言うことはだ。鳴門海峡の辺りはかなりの急流となり、大渓谷になっちょった、そんな風景が想像できるではありませんか。

ちなみに、瀬戸内海で一番深いのは速吸瀬戸。どこかと言うと、昨年から何度もフェリーで渡りゆう、佐田岬半島と佐賀関の間。何と465m。あの場所で、西古瀬戸内川が、大渓谷を激流となって流れ下り、豊後水道の方へと流れ込んでおった訳だ。

高知で一番古い部類の遺跡は、以前にもご紹介した、奥谷南遺跡。15,000年〜21,000年前から続く遺跡、とされちょります。
その人々は、どうやって南国市まで来たんでしょうか。瀬戸内海はほとんどが陸地。なので、歩いて、そして大河である東古瀬戸内川を渡って来たでしょうか。四国山地を越えて来たんでしょうかね。四国山地の山中には、縄文時代の岩屋遺跡も多いので、狩猟と採集を生業としておった古代人にとって、山中は慣れた場所であったでしょうか。

高知県人の祖先は、2万年前、この海を歩いて渡ってきた人々なのかも知れない。そんなことを想像すると、瀬戸内海の風景も、違ったものに見えてくる気がしますな。


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