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安政5年の盗賊〔4346〕2015/03/10

安政5年の盗賊

2015年3月10日(火)晴れ

明日で、あれから4年。昨日は時化のように降りましたが夕方には晴れ上がり、今朝は良いお天気。
ここはいつもの野市、上岡八幡宮さん。境内入り口の、安政南海地震の地震碑を撮影してきました。

幾度かご紹介しました。安政南海地震(1854年)から26年後の明治13年に、地元の嶋内武金さんによって建てられた地震碑。
「嘉永七年寅十一月五日大地震、地所によりしづみ、浦々人家流失、人いたみ夥敷、上丘西川原まで浪来る事を記」
と刻まれ、後世の我々に、地震の有様を教えてくれます。

今朝も、宇佐、真覚寺住職、井上静照さんの地震日記を見てみます。
安政南海地震から4年目。安政5年。11月5日が地震の日なので、その前日の11月4日の日記。

安政五年霜月四日
晴 五人を雇ひ、井戸の周囲を掘り、上水の越さる様、樽の境々を漆喰にて塗しむ。夜、星、朧に見ゆ。

実に静かな静かな日記。完全に日常生活に戻っているかのよう。4年経つと、復興も進んで元の生活に戻っちゅうのか。
しかし。余震の記事は頻繁にでてきますし、幕末の緊迫した世相が感じられる記事も多い、というのは、こないだうちからご紹介しよります。

江戸表での騒動(安政の大獄)やコレラ流行、不吉な予感を増幅させるほうき星の記事などなど。そして多くなってきたのが盗賊の被害。11月7日と11月14日の日記を、現代文に読み下してみましょう。

11月7日晴れ
朝9時頃地震(中の小)。この頃、いろんな場所で盗賊が徘徊し、油断がならない。小高坂若一宮の拝殿の天井裏に住んでいた盗賊が、刀などの腰物を置いたまま行方が知れなくなっている。また、通町界隈では、質屋の婆さんの風呂敷が強奪され、北奉公人町では役人の荷物を横取りした者も居る。荒倉神社の拝殿の屋根を葺き替えしようとしたら、絵馬の裏から刀が出てきたそうだ。
新川の河原に住みついた盗賊は、サツマイモを横にして寝床をつくり、四方に柱を立て、筵で囲み、上にも筵を張っていた。鍋を盗んで来て煮炊きをし、昼はそこの潜んでいて、夜になったら諸方に出かける。
こっそり住んでいるところが、畠の主に見つかった。主は、数人を引き連れてやって来たが、皆、逃げ去って誰も居なくなっていた。茶碗類を検分したところ、4〜5人分あった。盗んできた衣類10枚余りも残しており、釜類と一緒に役人に届けたそうである。
この冬は雨が降らず、景気が悪いので、盗賊が増えた。そこで、心有る者は、平素よりも厳しく用心している。後略。

11月14日曇り
お昼前から弘岡へ行った。4〜5日前、山方役人が八田村で山盗人に遭遇し、鎌で手を斬られて大騒動になった。犯人はすぐに捕まり、牢に入れられた。斬られた役人は、今日まで八田村で養生し、ようやく城下へ帰って行った。後略。

幕末の世相が手に取るようにわかる日記。
それにしても、種々の情報が、かなりのスピードで広がっているのに驚かされます。

2〜3日に一度が余震があり、結構大きい揺れも続いている、安政地震から4年目の宇佐。国内情勢は風雲急を告げ、不安が高まり、緊迫してくる世相の中で、庶民が一生懸命に生きている姿が読み取れる、真覚寺日記です。


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