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大歩危小歩危、土讃線〔4329〕2015/02/21

大歩危小歩危、土讃線

2015年2月21日(土)晴れ

今朝は、本州へ向かう汽車の中で、このにっこりを書きよります。お仕事で滋賀県。夕刻にはモンて来るようにはなっちょりますが。
昨夜は、大橋通り界隈の皆さんの宴会に出席しちょりました。もう、40年も続きゆう会合だそうで、毎月20日に開催するので20日会、と呼ぶそうです。いやいや、なかなか面白うございました。界隈の歴史のこと、商店街のことなどを喋り倒し、楽しい時間を過ごさせて頂きました。ありがとうございました。

さて。土讃線。
以前にも書きましたが、土讃線が開通したのは昭和10年。一番の難工事は、当然、土佐山田と阿波池田の間でございました。当時の技術で、この険しい山と川の地形に鉄道を通すのは、並大抵ではなかったと思われます。先人の努力に敬意を表さんといけません。
開通当初の土讃線には、それほど長いトンネルは無く、吉野川、穴内川の険しい渓谷を開削して線路を通しちょりました。
当然、厳しい条件の場所なので、崖崩れなどの被害はしょっちゅう。
当時は、長いトンネルを掘るのはなかなか難しいことであったにかありません。

戦後になり、トンネル掘削技術が進歩してくると、長いトンネルが掘られて危険な谷沿いルートを廃止する動きが出てきました。土佐北川駅と大杉駅の間とか、土佐岩原駅と大歩危駅の間とか、土佐穴内駅と豊永駅の間とか、小歩危駅と阿波川口駅の間とか。その廃線になった跡は、今もその痕跡が残り、以前探検したことがあります。トンネルや鉄橋、橋台などが残っちょりますので、なかなか楽しい旧線跡

長いトンネルが掘られて安全にはなりましたが、そのかわり、渓谷の美しい風景を見ることはできんなりました。
その中で、ここ、大歩危駅と小歩危駅の間は、土讃線開通当時のルートがそのままで、汽車は、渓谷に開削された狭い狭いスペースを走り抜けます。長いトンネルはありません。なので、土讃線で最も景色の美しいところ、と言われるのでありますね。特急南風の車内放送でも、そう言うております。

大歩危小歩危。
元来、ホケ、ホキ、といった、崖を表す古語からきた地名で、この漢字が当てられるようになったのは明治以降。高知でも、鏡川を遡上して旧鏡村役場の方へ抜ける峠にホケというバス停があるのは、何度もご紹介しました。

この渓谷。三波川変成帯。白亜紀後期、8000万年から6000万年前にできたと言われる変成岩帯。南海トラフにフィリピン海プレートが沈み込む際に、プレートや付加帯が変成してできた地層。地下で低温高圧型の変成が行われてできちょります。
で、その変成岩、特に結晶片岩が露出し、褶曲して美しい風景となったのが、大歩危小歩危。奇岩が一定の方向に褶曲しちゅうのが一目瞭然。キレイですね〜。

昔から川下りが有名で、今はラフティングのメッカ。以前、その、楽しいこと極まりないラフティングもやりました。

こうやって、見る分には美しい風景ですが、こんな場所に鉄道や道路を通すのは、それはそれは大変やったでしょう。
通常、土佐から阿波や伊予へ向かうのに、こんな危険なルートは通りませんでした。もっと、山の上の安全なルートが街道。こんな危険な場所にやって来たのは、平地や、人が往来するような場所に居られなくなった人々が多かったのかも知れません。

古くは藤原純友の一族、その後は平家の落人、などなど。そんな人々が切り拓いていった集落が、この渓谷から山に分け入った奥に、今も残ります。そんな風景。


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