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日本の神様〔4321〕2015/02/13

日本の神様

2015年2月13日(金)晴れ

今日は2月13日金曜日。で、2月は28日までなので、来月3月の13日も金曜日。13日が金曜日である確率は、やっぱし7分の1でしょう。で、4年に3回は、2月は28日なので、1/7×3/4=3/28で、28分の3ということになるがでしょうか。28年に3回は、2月3月と13日の金曜日が続く、と。いや、数学、苦手です。思いつきなので、スルーして下さい。

そんなことよりここは野市、上岡。いつもの上岡八幡宮さんの森を、東側から撮影してみました。シャッターを40秒開放したので、木星が明るいこと。
上岡は、何度も書いてきましたように、かつては物部川の西岸の物部郷に属しちょりました。昭和17年、国策もあり、三島村、立田村、田村が合併して日章村が成立した際、三島村大字物部であった上岡は、分離されて野市町に組み入れられました。
なので、今も、上岡八幡宮さんの氏子は、ここ上岡と、物部川西岸に広がっちょります。

Googleマップの衛星写真で見るとよくわかりますが、物部川東岸の野市を形成する洪積台地は、この上岡山から北に横たわります。洪積世(恐らくは10万年ちょっと前の海進期)に堆積したと思われる地盤の固い砂礫層、洪積台地が、物部川によって侵食され、物部川西部の沖積平野ができました。その、物部川は、上岡山までは侵食できず、この山から南東方向に侵食崖ができちゅうことが、現地でもわかりますし、Googleマップでもわかります。

上岡は古い古い集落。
元々、洪積台地は、地盤が固く、水の便利が悪い台地。地盤が固いので、居住するには適しちゅうが、農耕には適してない。なので、台地の端っこの固い地盤に居住し、台地の下の肥沃な沖積平野で農耕をする、という生活パターンが確立していったと思われます。たぶん、そんな風にしてできた上岡。もちろん上岡山には神様がおり、神の丘として、地域の紐帯となっていたのは言うまでもありません。

昨日一昨日と、仁淀村の秋葉祭りのことを書きました。地域にとって、氏神様のお祭りはとんでもなく重要な役割を果たしてきた、という日本の風景。
ここ上岡でも、あの八幡様の森を中心に、人々の心が結びついてきたことは想像に難くありません。境内には、今は使われんなった土俵もあり、奉納相撲や縁日で賑わった昔日を偲ばせてくれます。

秋葉祭りで、中越家に上がって飲み食いをさせて頂きよった時。練りがやって来て、お神輿を家の座敷へと引き入れます。
その際、隣の部屋で飲み食いしよった我々は、座布団を隠してください、と言われました。そう。神様に、座布団を見せてはならない。神様が一番偉いのに、神様の横で座布団に座るなど言語道断、ということやと思われます。

しばらく神様(お神輿)はそこに鎮座し、祝詞などを奏上しておりました。ホントは、その間はしまかにしちょかんといかんかったがでしょうか、皆、酔っ払いですき、飲んで騒いでおりました。それでも、あんまり騒ぐのは厳禁。
まあ、祭りの際の神様は、寛大とも言います。これは、お祭りでは必ず皆飲みよりますので、神様も寛大でないと困るのでありましょう。「神様は寛大なき、これっぱあ許いてくれる、許いてくれる」などとオラびながら、飲みゆうおんちゃんもおりました。それが、日本の神様かも知れません。

地域の中心に神社とその祭礼があった時代。
今も、お正月や秋のお祭りの際には、この上岡山に地域の皆さんがやって来ます。重要な地域の紐帯。あの草生した土俵の上で、奉納相撲が行われ、露店が並び、神事が行われる風景を夢見てしまいます。


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