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潮江橋と熊沢馬太郎さんと潮江菜と土佐の雑煮〔4275〕2014/12/29

潮江橋と熊沢馬太郎さんと潮江菜と土佐の雑煮

2014年12月29日(月)薄曇りのち晴れ

今年も、今日を含めてあと3日。旧友に再会したりお正月準備をしたりと、忙しく過ごしておられる方も多いでしょう。まあ、小生は31日まで仕事なのでありますが。
昨日の夜で、一応、今年予定されちょった飲み会も終了。お正月に備え、ちくとシマカにしちょこうかと思いよります。

さて。
ここは今朝の潮江橋。北詰から、南の方角を撮影してみました。電車通りがそのままの広さで橋になっちゅうので、なかなか広く立派な橋。潮江橋。
小生がこの橋を渡って高校に通いよった時分は、もっと狭く、歩道は独立した橋になっちょりましたね〜。こんなに立派になったのは卒業してから。

そもそもここにちゃんとした潮江橋が架けられたのは明治36年。そして明治39年には電車の橋も併設されちょります。ではそれまではどうやったのか。
以前にも書きましたが、地元潮江の地主さんが、木造の小さい仮橋を架けて、賃取り橋として営業しよったそうです。
藩政期の頃に、鏡川下流部で架けられちょった橋は天神橋だけ。なので、明治の頃には、そんな仮橋が利用されよったという訳です。

高知桟橋ができ、鏡川架橋地点としての重要性は、潮江橋の方が上になりました。なので、天神橋は取り壊され、ここに潮江橋が架けられたという訳です。
賃取り橋を営業しよった潮江の地主さんの名前は判っちょります。大坂金太郎さんと熊沢馬太郎さん。潮江橋ができてからは、取り壊された天神橋のところで賃取り橋を経営、昭和2年に県が天神橋を架けるまで続けられたと言います。

その熊沢馬太郎さん。
このにっこりひまわりで潮江用水のことを書いたご縁で、何と、その子孫の農家さんと友達になってしまいました。そのおんちゃんが、熊沢馬太郎さんの子孫係累に当たる、という話は、随分後になってから知りました。いや〜、すごい。
その、現在の熊沢さん、こないだ12月26日の高知新聞夕刊に載っちょりました。いや、犯罪者ではなくて、すごい取り組みを行うお百姓さんとして。

それは「潮江菜」。日本の水菜の原種とも思われる、昔は潮江や春野で栽培されよったという在来野菜。もう、その種は絶滅したかとも思われておりましたが、幡多農業高校の先生であり、牧野富太郎博士の弟子筋でもあった竹田さんという方が、キチンと保存してくれちょったがです。で、その息子さん、現在、高知工科大学で植物の研究をされております。縁あって熊沢さんと知り合いになり、潮江菜の種を保存してあることを話して、この度、数十年振りに潮江菜が潮江で復活することになった、という話。その取り組みに至る現場に小生も同席しちょしましたので、なかなか感動致しました。

宮尾登美子さんの文章に、子どもの頃、潮江菜を使用したお雑煮のことが出てくるそうです。出汁は鏡川のハゼで。

そんな訳で、年が明けたら、幻の在来野菜、潮江菜で、土佐在来のお雑煮を食べる会に参加させてもらうようになっちょります。ああ。楽しみ。
ここ、潮江橋に関わった方の子孫のお百姓さんに、土佐の、面白くもレベルが高い様々な生産者さんや凄い料理人さんたちにたくさん縁を頂いて、言いたい放題の飲み会をやる。なんと幸せな、土佐人としての過ごし方。


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