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松山、石手寺、瀬戸風峠〔4224〕2014/11/08

松山、石手寺、瀬戸風峠

2014年11月8日(土)曇りぞな

そんな訳で今朝は松山。愛媛県松山市。昨日、飛騨高山から車で岐阜羽島駅まで送ってもらい、新幹線と特急しおかぜを乗り継いでやって来ました。
で、夜19:00からの祝賀会には、どうぞりこうぞり間に合いました。

その祝賀会は、弊社が50年間お世話になりゆう会社さんの、創業50周年記念式典、祝賀会。松山全日空ホテルさんで、実に盛大に開催されました。同業の出席者や業界関係者も多く、なかなか素晴らしく、有意義な祝賀会で、楽しゅうございました。

道後のビジネスホテルに泊まっちょったので、今朝は、道後から石手寺、そしてその北側に聳える山の道路をたつくってきました。8kmラン。途中、瀬戸風峠という標高200mを超える地点を通る町。
写真は、その途中で撮影した、石手川の谷の街並。なかなか美しい風景。
この道路、ほとんど人が通りません。まだ薄暗いような時間帯やったせいかも知れませんが、下って来ゆうときに、ウォーキングのおんちゃん一人 とすれ違うただけ。森の中を抜けるようなところもあって、なかなかよろしい。松山城の山を見下ろすような風景が堪能できますし、そこそこ負荷もかかるので、気に入りました。松山出張早朝RUNのバリエーションが広がりましたな~。

朝、5時半過ぎの石手寺さんは、朝から絶えず人が訪れよりました。朝のウォーキングの途中に参詣される方も多いのでありましょう。この札所、仏像やら仏塔やら、とにかく何かにが多い。そんなに広い境内ではないので、仏様関係がひしめき合いよります。
参道入り口には衛門三郎さんの跪く石像。
ここで石手寺についてのおさらい。

伊予に、衛門三郎という長者がおったぞな。その屋敷前に、小汚い托鉢の僧。三郎は、その僧をないがしろにして托鉢を取り上げ、投げつけたと言います。実はその僧は弘法大師。その後、三郎の8人の子が相次いで亡くなる、という悲劇。後悔した三郎は、家を捨て、四国巡礼に出ました。21度目の巡礼の際、途中で病気になって起き上がれなくなります。その枕元に弘法大師が現れ、罪を許し、衛門三郎と書いた石を握らせ、河野一族に生まれ変わる、と告げたとか。
で、三郎が亡くなった後に生まれた河野家の後継者が、生まれてずうっと手を開かない。仕方ないので安養寺に連れて行って、祈ってもろうたところ、手が開いて「衛門三郎」と書かれた石がコロリと出てきた。という話。で、安養寺は石手寺という名前になったぞなもし。

ここにもまたまた出てくる河野氏。こないだ、川上神社古墳のところでも、そんな話を書きました。石手寺の西には河野氏が本拠として築城した湯築城の山もあります。古代、伊予の国人領主として支配した越智氏の係累とされる河野氏が、いかに有力者であったのかを教えてくれる伝説でもあります。
長宗我部元親の四国制覇戦は、ほとんど完遂したものの、最後に、河野氏だけが屈服しなかったという説もあります。そうこうしゆううちに秀吉の四国出陣となったのはご承知の通り。そんな河野氏一族には、源平合戦で活躍した海の武将もいれば、時宗の開祖、一遍上人も居たりします。

この山も、河野氏が支配しちょったのでしょうか。夜明け前、松山、美しい風景。


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