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小牧の朝〔4223〕2014/11/07

小牧の朝

2014年11月7日(金)晴れだがや

今、名古屋から飛騨高山へ向かう車の中で、このにっこりを書きよります。昨夜は小牧に泊まっちょりました。昔、名古屋空港があり、今も県営名古屋空港がある小牧。小牧長久手の戦いの小牧。
あまり知らなかったのですが、藩政期にも宿場で栄えた町、小牧。

止まったホテルの北西方向に小山。広大なのj日平野の中にぽつんと聳える小山。どういう成り立ちでできた山なのかわかりませんが、その山容を見ただけで、遥か昔、太古の昔から、人々が何らかの営みを続けてきたことがわかる山。小牧山。
元々、寺院などがあったと言います。大昔から信仰の対象であったことは容易に想像できます。

そこに、織田信長が築城し、清洲城から本拠を移したのが永禄6年(1563年)。桶狭間の3年後。本拠地ごと清洲からとっと北の小牧へ移動したのは、美濃攻めの本拠地にするためと言われちょります。小牧山に築城、その山の周辺に城下町を建設したにも関わらず、永禄10年に稲葉山城を陥すと、岐阜城と名前を改めてそこに本拠を移しました。ので、ホントに、何年も住んじょりません。

しかし、その城下町はその後も受け継がれ、藩政期には重要な都市となったのでありますね。

こうやって見てみると、信長、本拠地をどんどんと移していく武将であったことがわかります。もちろん最後は安土ですき、琵琶湖の畔。その時その時に、一番都合の良い場所にどんどんと本拠を移していく。「地元」意識が希薄で、どんどんと拡大していく姿は、現在のグローバル企業を思わせますな。小牧山の歴史を見よって、そんなことを感じました。

写真は、小牧代官所跡の近く。小牧宿の中心。尾張藩が、名古屋と中山道を結ぶ上街道を整備するにあたって、宿駅として整備したことに始まる小牧宿。元和九年(1623年)のことと言います。なかなかゆかしい建物も残る、小牧宿。この左手の建物は「岸田家」で、幕末には小牧村の庄屋さんであったようなお家。1800年頃に建てられた、趣深い作りの建物。

そして、わざわざでしょう。こんな懐かしい郵便ポストも、そのまま残されて現役で働きよりました。この北東に小牧山。

清洲から小牧へ。そして平野が果てた所に屹立する稲葉山へ。山を越え、琵琶湖の湖畔の安土へ。信長は、天下布武を目指して、何を感じながら、本拠を移していったのか、想像してみると楽しゅうございますな。

そうこうしゆううちに、車はどんどんと山の中へ入っていきます。標高1000m近い高さを走る高速道路。飛騨高山まで高速道路が繋がったので、名古屋から2時間半かからずに行けるようになりました。それが高山にとって良いことかどうかは、知りません。以前に比して、全国チェーンのお店がロードサイドに並ぶようになってきた飛騨高山。
飛騨高山に飛騨酪農組合さんという乳業メーカーがございます。この度、飛騨酪農さんのブランドで、青汁「飛騨 菜食健美」を弊社が製造することになり、その御礼と打ち合わせ。名古屋でも岐阜でも三重でも北陸でも、「飛騨 菜食健美」をお家までお届けできるようになっちょります。いや〜、すごい。

で、今日は飛騨高山で仕事を済ませると、ひっくり返して松山へと向かいます。なかなか先は長い一日であります。


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