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野球という文化〔4204〕2014/10/19

野球という文化

2014年10月19日(日)良いお天気

まっこと良いお天気。高知市内、あちこちで、区民運動会をやりよりますね。素晴らしい秋晴れ。運動会日和。あちこちの小学校の運動場から楽しそうな歓声が聞こえてきます。
ここは竹島町。運動会ではなくて野球。東京六大学のOB対抗、野球大会。本格的な経験者からド素人までが混在する、なかなか面白い野球。

日本人は野球が好き。
これはやはり文化というもんでしょうね。老若男女、一緒になって楽しめる野球は、国民的スポーツであります。いくらサッカーが盛んになっても、やはり野球の人気は別格ですね〜。
面白いのは、中学や高校の野球部で鳴らした連中と、まったく運動に縁がなかった連中が、あまり遜色無く一緒に楽しむ風景。

ところで、野球。
ベースボール。Baseball。日本にBaseballが入ってきて、それに「野球」と名付けたのは、正岡子規である、というのはよく知られた話。司馬遼太郎さんが、坂の上の雲で、そう書いちゅうき、誰でも知っちゅうような話になっちょります。
ところが。
実は、真相はそうではありません。

野球(やきゅう)と名付けたのは、中馬庚。ちゅうまんかなえ。
Baseballが日本に入ってきたのは明治4年。で、それから全国に広まる訳です。明治20年に第一高等中学校に入学した中馬庚は、Baseball部に入部しました。で、明治26年、卒業に当たって「ベースボール部史」を書くこととなり、その中でBaseballを翻訳して「野球(やきゅう)」という名称を使うたそうです。それが、野球(やきゅう)の始まり。

では、何故、正岡子規説が生まれたのか。
それも簡単な話で、自分の幼少期の名前が「のぼる」くんで、自らもBaseball選手として活躍したことから、「野球(の・ぼーる)という雅号を使うた、という事実からきちょります。しかし、正岡子規の文章には、ベースボールとしてしか登場しません。彼にとってBaseballはベースボールで、野球ではありませんでした。そんな逸話から、司馬遼太郎が、日本で最初に野球という言葉を使用したのが正岡子規、と書き、なんとなく通説になってしもうた、という訳です。

野球。
Baseballとは似て非なる競技、野球。日本独自のスポーツとして発展し、国民的スポーツとなった野球。日本人で、特に男子で、野球を経験したことのない方はほとんど居ないと思います。空き地でブヤボールを使うた三角ベースから始まり、遊びの中で、日本人の身体に染み付いて来た野球。
昔、アメリカへ行った若い頃に、世界各国の人々と2週間ほどキャンプをしながら移動する、というのに参加したことがあります。そこで、アメリカ人と小生だけは、普通にキャッチボールをしよりましたが、ヨーロッパ人はできませんでした。誰も。
彼らは、誰も彼もサッカーが巧いのですが、キャチボールができない。

日本人は、しばらくやったことがなくても、「ヒトが足らんきメンバーに入ってや〜」と言われて、期せずして突然野球をするハメになっても、皆、なんとか形になります。今日もそうでした。

これが、長い年月の間に築かれてきた文化というものでしょう。
秋晴れのグランド。おんちゃんたちの楽しそうな歓声が響く、野球大会。日本の秋。


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