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鏡川、台風RUN〔4198〕2014/10/13

鏡川、台風RUN

2014年10月13日(月)台風19号

台風情報を見てみますと、今、台風19号は九州を横断中。で、まっすぐこっちへ来よります。県内にも避難勧告が出始め、風雨も少し強くなってきました。気を付けましょう。
ここは鏡川。さっき、たつくって来ました。まだ、そんなに雨が降っちゅう訳ではないので川は濁っちょりません。しかし、東からの風の影響でしょう。浦戸湾から鏡川に水が吹き寄せられ、かなり増水はしちょります。
川縁の、増水すると冠水する駐車場からは、車がすっかり消えておりました。

ここは、柳原橋の真下。ここから東の方角、天神大橋の方向を撮影してみました。雨に煙る鏡川。この左手に山内会館、そして山内神社。彼方にトップワン四国がみえます。写真右端、天神大橋の南詰めに、天神の大クスノキが写っちゅうががわかりますでしょうか。

台風で、今は東風。家からここまで走ってくるのは追い風でビュンビュン。帰りは強烈な向かい風で、しかも雨なので、雨粒が顔や身体にたたきつけられてきます。ああ。イタキモチエイ。叩き付けて来る雨粒を全身で受けながら走るのが、なかなか心地良いことは、メッソ知られちゃあしません。

ここに架かる柳原橋の少し上流には、沈下橋がありました。何度もこのにっこりで書いてきたように、日本で最初の、増水時に川に沈む橋、沈下橋。沈下橋と呼ぶのは高知だけで、他所では潜水橋などと呼ぶにかありません。
その沈下橋は、昭和50年、51年の連年の台風で被害を受け、壊れました。また、上流から流されて来た材木などが引っかかって、増水に拍車をかけた、というようなこともあって、沈下橋は撤去、ここに、永久橋である柳原橋が架けられた、という訳です。小生が中学生の頃。

その、当該の、昭和50年の台風。よく覚えちょります。
何と申しましても、夏の甲子園。小生の通う学校は中高一貫。で、小生が所属しちょった吹奏楽部は、中1から高3までひっくるめて、一つの吹奏楽部でした。で、コンクールには、高校部門に出場しよった訳です。
中2の夏、母校野球部が甲子園出場。当然、ブラスバンドは応援団として、甲子園へ行きました。高知港から大阪高知特急フェリー「かつら」に乗って。で、一回戦突破。当時は、橋も高速道路も無い時代で、帰ってくるのは大変、ということで、次の試合まで、幼稚園を宿舎にして泊まった訳です。一週間くらいあったと思います。
そして、2試合目は、惜敗。そのまま高知へ帰らんといかんのですが、台風接近につき大阪高知特急フェリーが欠航。さて。どうするか。
結局、国道2号線で岡山かどっかまで出て、瀬戸内海をフェリーで渡り、国道32号線を何時間もかけて帰ってきた、と記憶します。
この年の大きな台風は、これだけではありませんでした。

甲子園で負けて帰ってきてから、我々は、吹奏楽コンクール四国大会に向けて練習を始めます。そう。この年は、団員が30名足らず(他校は45名)で半分中学生の我々が、高知県代表で四国大会に出場しちょったのであります。
甲子園ではまったく練習できんかったので、帰ってから、一日の休みも無く朝から晩までハードな練習。そして、8月の終わり頃、松山で四国大会。バスに乗って行きました。国道33号線。松山の民宿に、全員で泊まって翌日が四国大会。
結果はともかく無事四国大会も終了しました。が、また台風接近。
国道33号線は見事に通行止め。帰れない。どうやっても帰れない。

結局、バス会社さんに紹介してもらい、道後にできたばかりのピカピカのビジネスホテルに泊まることになりました。
引率の先生とかは大変やったにかありませんが、我々は大喜び。降って湧いた修学旅行のような気分で、ビジネスホテルの夜を楽しみ、翌日高知へ帰ってきたのであります。

余談ですが、あの年、甲子園に出ちょってホントに良かったのであります。応援団のブラスバンドにも予算が廻ってきた訳です。あの、道後のホテルは、結構な出費になったといいます。ああ。ここから先は書けません。

しかし、その台風で、沈下橋が流された、などとは夢にも思いませんでした。昭和50年の台風5号、6号、翌年の台風17号。台風は、続けてやってくる習性があるようです。気を付けて、今日一日過ごしましょう。


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