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地方再生、目指すべき方向〔4195〕2014/10/10

地方再生、目指すべき方向

2014年10月10日(金)晴れ!

また、来んでもエイ台風が近づいて来よります。実に、まったく、嫌な進路。被害の無いことを祈るばかりです。

昨日の夕方、東京からモンて来ました。そのまんま宴会に突入し、グッスリ飲みました。出張帰りで家にも帰らず飲んで、帰宅したのは23時。そんなに飲まれません。

さて。昨日は東京から神奈川方面。小田急線に乗りましたが、やはり関東の広さを実感します。どんどんと膨張する人口を、あの広大な平野が吸収し、際限なく拡大していく風景。政治経済の中心が東京になり、その周辺が際限なく拡大していく風景。ずっと前から、当たり前のように繰り広げられて来た風景。
これからどうなっていくのでしょうか。これから迎える圧倒的な人口減少社会。関東地方も例外でありません。当たり前のように膨張拡大してきた市街域ですが、これからは成熟社会を迎え、それぞれの地域で高齢化が進んで行く。

東京には、どんどんと地方からヒトが流入してくるので、東京だけはそんなに減らない、という議論もあります。それこそ、最悪のシナリオであると小生なんぞは感じてしまいます。そうなったとき、地方からヒトが居なくなったとき、国は、成り立たなくなると、確実に言えます。
なので、政府も急に、地方創生などと言い始めちゅう訳ですが。

しかし、そんなことを霞ヶ関で、東京でいくら考えても答えはわからない、ということをこないだも書きました。どこに答えがあるのかと申しますれば、地方にあります。
写真は今朝の高知新聞。「移住者たちの群像」という特集で、香美市物部町大西に移住してきた人々のことが描かれちょりました。これでしょう、正に。ここに、正しく、地方が再生し、人口減少が止まり、幸せな国土が形成されていく答えがある、と思うて、感動しながら読んだことです。

この地区、小生が三嶺へ登りに行く際に通り抜ける地区。それこそ、その道は登山者か、その奥の久保地区のヒト以外が通ることはほとんどない、どんづまりの道。そんな、奥の集落、大西。
1970年には16世帯57人が暮らしたと言う大西は、2004年に9世帯14人に減少。典型的な、過疎の、限界集落。そこに10年前、奈良から一組の家族が移住。地域の皆さんに支えられながら、独自に生計を成り立たせ、自然の中で幸せに暮らしました。そして、その移住者が移住者を呼び、なんと、今は11世帯20人と人口が増加。そのうち移住者が5世帯13人と言いますき、過半数。限界集落でもなくなりました。
それぞれ、豊かな水に恵まれたこの地で、農業などをしながら暮らしておられるとのこと。

このまま消滅していくかに見えた山奥のどんづまりの集落が、移住者によって人口増加、という風景に、ひとつの理想が示されちゅうと確信しました。これです。
確かに、山で暮らしていくことは、不便であるし、生計の不安もある。それでも、キチンと成り立っていっている集落。小さい子供の声が響くようになった集落。

山で生計が立てられることがわかれば自然の中で暮らしたい、と考える若者も、確実に増えております。そりゃあそうだ。人間は動物であり、自然の中で生きることが本能として刷り込まれちゅう訳ですき。生計を立てる方策と、あとは教育。山にヒトが増え、子供の声が響くようになれば、子供を育てる環境として、学校を再び整備する。
そんな夢のような社会は、なかなか難しいかも知れません。しかし、このように実際に限界集落から脱した集落を見ると、夢ではないと思えてきます。
地方再生は、地方の拠点を整備して山間部からそこにヒトを集めて効率化することでは決して成し得ない。この大西のような集落を増やしていくことこそ、唯一の、日本の国土を成り立たせて行く方策であると思うたことでした。

どこへ行ってもヒトがやたらめったら多い東京。小生のような慣れてない者は、雑踏でヒトにぶつかって睨まれてしまう、そんな東京。そこから帰ってきて、このような記事を読んだもんですき、ホントに感動しました。
人間の幸せは人ぞれぞれですが、確実に、ひとつの幸せの理想郷が、ここにありました。


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