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物部川の複雑な河口〔4013〕2014/04/11

物部川の複雑な河口

2014年4月11日(金)晴れ!

良いお天気。日中は気温も上がって春と言うより初夏の様相。車にエアコンが必要な季節になってきました。

ここは今朝の物部川河口。この河口、複雑な様相を呈してきちょります。どうなっちゅうかわかりますですろうか?
物部川の本流は。この左手から流れてきます。途中で枝分かれした流れが、丁度お日様の下辺り、向こうから流れてきて本流に合流しよります。
この手前は、後川の河口。手前から東流してきて、ここで物部川に合流しております。左端は合流部分の樋門。
それで、物部川はどうやって太平洋に流れ込むのか。現在は二ヶ所で太平洋に流れ込んでおります。ひとつは画面右への流れ。これは、久枝海岸を切れ込むように南西に流れ、浜辺で太平洋へ。もうひとつはその向こう。ちょっと見えにくいですが、まっすぐ太平洋へ向かう流れ。この部分で5方向の流れが流入したり流れていったりしよります。まるで梅の辻。

国土地理院のホームページから、戦争直後から現代に至るまでの航空写真のアーカイブを見ることができます。そこで、この物部川河口部の姿を確認してみました。
戦争直後の頃。河口にはやはり両側からの土砂の堆積があります。その、ほぼ中央部に、川の出口がありました。それから年を経ると、河口は東へ移っていきます。で、出口から南に向いて土砂が堆積し、突堤みたいなものを形成しちょりました。1990年頃から河口は西へ。どんどん西へと移動しちょります。
その航空写真では見ることはできませんが、最近は、河口が更に西へ移動して久枝海岸の中央部になってきちょります。
大自然は、その雄大な時間スケールの中で、どんどんと姿を変えてゆきます。

物部川。
古くは香我美川、鏡川とも呼ばれた美しい川。香美郡という名称は、鏡川からきちゅう、という節もあります。その下流域に物部氏に関係する人々が住んだので、物部川と呼ばれるようになり、今は物部川。源流には二つの流れがあります。ひとつは、白髪山の東側から流れる槇山川で、もうひとつは三嶺からの上韮生川。それが大栃で合流し、物部川になります。大自然の美しさが溢れる源流域。
有史以前、川は、香長平野を南下した後に西に流れを変え、介良の辺りで古浦戸湾に流入しちょったともいわれます。
その後、太平洋に直接流れ込むようになりますが、その河口は、前浜界隈に固定されたと思われます。

大雑把に言うと、南国バイパスのサークルKやカーサ下田がある交差点の南北の通り、あの辺りが、昔の香美郡と長岡郡の郡境。その郡境は、物部川の流れで決められちょった、という節もあります。あの辺が本流やった時代もありました。中世、本流はもっと東へ移り、近世を経て、現代、今の流れになった訳です。
その間、河口部に堆積した土砂が砂丘を形成し、前浜や浜改田の小高い部分ができた、ということでしょうか。
ですきに、この写真手前の後川は、古物部川の痕跡である、と言えるかも知れません。まっすぐ南流していた川が、河口が東へ移動しました。それまでの流れは本流ではなくなり、海岸沿いに堆積した土砂に突き当たって東に曲がり、本流に合流する。それが、現在の後川。砂丘上に形成された集落の後ろ側を流れるき、後川でしょうか。

四国山地の主脈、三嶺に登ると、頂上からちょっと下った所に水場があります。チョロチョロと流れ出る美しい湧き水。あれが、物部川源流のひとつ。四国山地に降り注ぐ雨や雪を集め、原生林などの大自然を育みながら下ってきて、農地を潤しつつ太平洋へ。その河口の姿にも、大自然の営みを見る事ができます。


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