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太古の昔を伝える太古橋〔3999〕2014/03/28

太古の昔を伝える太古橋

2014年3月28日(金)快晴!

春爛漫。暖かい金曜日。暑いくらいの陽気の高知県地方。昨日、会社から走って帰りましたが、途中には、もう田植えの済んだ田んぼも。この週末はお花見のピークでもあり、田植えの週末でもあります。そんな高知県地方。

昨日のにっこりで、一宮古墳群二号墳の天井石の痕跡をご紹介しました。で、その横穴式石室の天井石のうち、3個は、鳥付川に架けられた橋に利用され、太古橋と呼ばれるようになったが、それがどこかわからんかった、てなことを書きました。ところが。
今朝、ちょっと調べてみますれば、県交のバス停に「太古橋」というのがあるではありませんか。しかも一宮に。そこで、行ってみました。午前中、工業技術センターで会議がありましたので、そのついで。
ありました。太古橋バス停。そっから西へいった川には立派な橋。太古橋と欄干に書かれちょります。ここやったのか。川の名前は久安川。これが鳥付川ながでしょうか。そして、欄干に、太古橋の由来が刻まれた説明板。ちくと長いですが、転載してみましょう。以下転載。

その昔、県の発展を願い国は国道造りを計画。しかし、そうすると田の真ん中を通ることになります。田を命より大切にしている百姓には理解できず反対されました。村の信頼厚い村長はこの問題で日夜苦しみ、深夜水ごりし食事を断ち、神仏に一心に祈りました。
七日目の夜明け先祖と仰ぐ大きな古墳のある所で雲をつくような白鬚の老人が白装束で現れ「この古墳の天井石を橋とせよ」低い力のある声で告げられました。
明治二十年三月。国道三十二号線は比島を通り薊野天王前を経由、一宮神社前を抜けて形を整え始めました。久安川に古墳の天井石を掛ける日、村人総勢百五十人。一宮始まって以来の大祭になりました。
そして、この橋の由来を後世に伝えるために、橋の名を「太古橋」と名付けたということです。(一宮の物語から)

以上転載。
この新しい橋が架橋されたのは2002年。平成14年。昭和59年発行の本には、「その橋は太古橋と呼ばれるようになって現在に及ぶ」と書かれちゅうので、こないだまで、その天井石を利用した橋はあったがかも知れません。何の説明もありませんが、たぶん、この「太古橋」の文字の上に置かれた石が、その古墳の天井石の名残やと思われます。

古墳を破壊して道路を作ることに、明治の人々もかなりの罪悪感や逡巡があったことが、この話によってよく理解できます。そして、太古橋の古墳石を取り除いて新しい橋に架け替える際、その先人の思いがなんとかかんとか受け継がれてきたのが、この説明板と石、ということでしょう。

土佐神社以前の、古い古い生活や信仰の痕跡が、この橋の上の石であることを知る方はどれだけいらっしゃいますでしょうか。

それはともかく、今日はお昼から葉牡丹。弊社にだけ生乳を納入してくれゆう酪農家さんの組合の総会。と懇親会。高知には、葉牡丹とひろめ市場があります。高知の宝、葉牡丹へ、間もなく出陣しますぜよ!


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