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山田堰の土木技術〔3985〕2014/03/14

山田堰の土木技術

2014年3月14日(金)晴れ

今朝方の地震。
緊急地震速報が鳴り、しばらくしての揺れ。高知市は震度4とのことで、これっぱあ揺れたのは久し振りのような気がします。
今朝は、緊急地震速報から揺れるまでの間、布団の上で呆然として時間を過ごしてしまいました。今度、緊急地震速報が鳴ったら、キチンと対応できるような気がします。色んな状況で地震がやってくることを想定し、心構えをつくっちょくことが大切であることを、今朝の地震が改めて教えてくれました。本番までに、もっともっと学習しちょかんといけません。

今朝は高知。昨日の朝、広島から新幹線で東京へ。業界の寄合を済ませちょいて、最終の飛行機でモンて来ました。その時間帯の東京は、強烈な風雨。離陸する飛行機の揺れましたこと。しかし、飛んでよかったです。

今朝、久々に山田堰まで行ってみました。今は、大きな合同堰が上流にできて役割を終えた山田堰。寛文四年(1664年)に完成しちょります。野中兼山さんの偉業の一つ。あれ?と思うた方は野中兼山マニア。そう。野中兼山さんは寛文三年に亡くなっちょります。この山田堰は、野中兼山さんが計画し着工、工事を推進したものですが、兼山さん、その完成を見ずに失脚、亡くなったのでありますね。ここでの過酷な労働も、失脚させられる理由の一つであったのでしょう。

しかし、ここ山田に、物部川の巨大な堰を構築することによって、野市はもとより西岸の香長平野の広大な土地を灌漑できるようになり、増加した石数は十数万石と言われますので、ただの土木工事ではない。その後の土佐の人々に与えた恩恵は、ホントに計り知れないものがあります。足を向けては寝れないくらい。

昭和47年に、上流に合同堰が建設され、308年間のその役目が終わりました。しかし、その遺構は、今でも、見る事ができます。

土木工事が専門ではないですが、この構造はなかなか興味深いもの。よう考えられちょります。
この写真をご覧下さい。堰は、こちらの西岸から向こう側の東岸に向かい、斜めにつくられちょります。東岸の方が少し上流。こうすることで、堰の長さが長くなり、堰上を越えてくる洪水のエネルギーを分散させることができます。そして、堰の下流の洗掘が少なくなる、という理屈。なるほど。
この堰の上流右岸に、砂礫堆があって固定しちょります。その堆は、上流部が緩やかな傾斜で。下流部が急傾斜。その急傾斜な下流部に沿い、湾曲させて取水堰をつくることで、4つの利点があるそうです。高知新聞社発行の「高知県百科事典」に書いちょりました。以下転載。
(1) 川床が高くないので堤の高さをそんなに高くする必要がない
(2) 砂礫堆は安定しているので、堰の保全・維持が楽である
(3) 洪水は広がるため、堰下流の洗掘が少ない
(4) 取水口に土砂の流入が少ない
以上転載。
これは、現在の土木工学で立証されちゅうそうで、そんなことを400年近くも昔に考えて実行したことに、畏敬の念を感じざるを得ません。

これほどのことを考えて構築された堰なので、300年以上も、現役土木施設として稼働できた訳です。ただ、川を堰き止めて水を流せばエイ、という単純な話ではないのでありました。近世土木工学の粋。
今でも現役の、野中兼山さんが構築した用水が県内各所にあります。あの、長い長い距離を流れる水路を見ても、その土木技術水準の高さはわかります。そして、山田堰。この遺構を見ただけでは、ちょっとわからんですが、山田堰にも凄まじい知恵が凝縮されちゅうことを、我々は知っちょかんといかんでしょう。


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