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昭和50年カープ優勝と衣笠選手〔3984〕2014/03/13

昭和50年カープ優勝と衣笠選手

2014年3月13日(木)広島は雨じゃけえのう

今朝は広島。昨日、とある会合がございまして、お昼の汽車でやって来ました。その会合での記念講演会。素晴らしかった。かの、鉄人、衣笠祥雄さんの、1時間半の熱弁は、期待を遥かに上回るもので、感動致しました。
言わずと知れた鉄人衣笠、2215試合連続出場という、とてつもない記録を打ち立てた鉄人の話は、実に含蓄のあるものでした。
何よりも昭和50年の話。

何を隠そう、小生、昭和50年にカープファンになりました。あの、赤ヘル旋風による弱小球団の快挙に感動し、あのカープ初優勝の年、カープファンになったのであります。
昨夜の話の中心は、何故、昭和50年にカープは優勝できたか、というテーマやったので、小生にとって正しくツボ。あの年のことが、鮮明に蘇ってきました。

要約してみましょう。
まず、昭和40年代、つまり、巨人軍がV9を成し遂げゆう間に、優勝できるチーム作りが始まっておったということ。その立役者は根元監督。根元さんは、衣笠などを抜擢し、メンバーを揃えていきました。山本浩二、水沼を入団させ、水谷を育て、三村を獲得する。
そして、科学的に技術を向上させるため、大学と連携し、打撃コーチに関根淳三さん、守備コーチに広岡達郎を招聘する。ここで、初優勝の戦士たちは、大きく成長したそうです。

しかし。その後、昭和47年、48年、49年と3年連続最下位。部外者から見ると、とてもチーム力が充実してきちゅうとは見えなかった、田舎の弱小球団。その昭和49年に、アメリカからルーツがコーチとしてやって来ました。一年間コーチ、そして、49年のシーズン終了後、監督に就任。
すごい話はここから。

ルーツ監督は、一年間のコーチ生活を通じで、カープの選手の力を把握しちょりました。そして、監督に就任するや、このチームでその年に優勝する、と断言したのでありました。本人に確信があったのかどうなのか。周囲は、3年連続最下位のチームがそんなことできるとは、まったくもって信じてない。選手も、「優勝はしたいけど、それは無理ぢゃあないかな?」と皆が感じておったそうです。
ルーツ監督は、カープに足りないのは優勝に対する執念だけだ、と断言しました。そして、たぶんこれが優勝に導いた一番の要因であると思われますが、選手に、優勝は夢ではなく、実現できる、と思わせる意識改革。

昭和50年1月31日。
キャンプ入りに際し、ルーツ監督は、選手を集めてミーティングをします。
部屋に入ってきた監督を見て、選手は驚いたそうです。真っ赤な帽子を冠っちゅう。何故、シンシナティレッズの帽子を冠っちゅのかな?と不思議に思いました。監督の口からでた台詞は「赤は戦いの色だ!カープはこれから戦う集団になるんだ!そして優勝するんだ!」といった内容であったそうです。ハッキリと「優勝」という言葉を意識させる。
選手一人一人を部屋に呼び、カープが優勝したイメージをさせる。その中で、つまり優勝チームの中に居る自分をハッキリとイメージさせ、それにふさわしい自分になれるよう努力しよう、という気にさせる。
三塁手にコンバートされた衣笠選手も、部屋に呼ばれ、自分が優勝チームの三塁手として相応しいか思うか?と訊かれたそうです。返事ができないでいると、一週間時間をやるから考えて来い、と。
衣笠選手は考えました。バッティングは相応しいだろう。一塁手からコンバートされたばかりの三塁手としての自分は、今はヘタだ。しかし、シーズン終了の頃、つまり優勝する頃には、平均点くらいの守備にはなっているだろう。バッティングが平均以上なので、自分は合格だ。そう考え、一週間後にルーツ監督に話したら、「そうだ、だから優勝しよう!」と言われたそうです。
これ。

つまり、選手は、完全にルーツ監督に乗せられた、ということ。それまで、遠い遠い遥かな存在であった「優勝」が、現実の目の前の目標として意識されるようになった訳です。ことあるごとに「優勝」を言葉にし、意識に植え付けていく。
そして、その年。シーズン途中で、球団とのトラブルでルーツ監督はアメリカへ帰ってしまいます。その際に選手たちに言うた言葉は、「私はアメリカへ帰るが、君たちは優勝できる。優勝したら、喜んでアメリカから祝風に駆けつける」だったそうです。コーチであった古葉さんが、それまでの流れをそのまま踏襲し、そのままの雰囲気で、選手たちはそのままの意識を持ったままシーズンを過ごし、そして、ホントに優勝してしまった。

指導者は、熱い思いで選手を引っぱり、選手たちが勝手にイメージしていた限界を幻想とし、ハッキリと目標を意識させ、そこに向かう努力をさせる。すると、その組織には、とてつもない力が湧き出てくる。これは、どんな組織にも言えることでしょう。自分を振り返って反省したことでした。

懇親会では、小生が昭和50年にカープファンになったことを伝え、お話させて頂きました。そして、サインまで頂戴しました。
「忍耐」。
鉄人衣笠に似合う、「忍耐」。あのとてつもない連続出場や、安定した成績を維持するのには、凄まじい忍耐が必要であったでしょう。
そして、夢を現実のものとしてイメージすることで、実現していく力。それはルーツ監督に昭和50年に教わったことであったそうです。

自分がカープファンになるきっかけをつくってくれた昭和50年の快進撃。その現場で何が起きていたのか、選手が何を感じていたのかを知る事ができて、ホントに良かったです。この話、また、聴きたいと、会場の皆さんも思うたことでしょう。
今朝、ホテルでこのサインを見ながら、ことあるごとに昨夜の話を思い出して、自分の糧にしていきたいと思いました。


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