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山頭火、衛門三郎、石手寺、へんろ道〔3978〕2014/03/07

山頭火、衛門三郎、石手寺、へんろ道

2014年3月7日(金)冷やいぞなもし

今朝は松山。昨日の夕刻やって来ましたぞなもし。
二番町で飲みよったがですが、高知では珍しい「オーダーバイキング」というシステムの、コジャレた店。3,500円で飲み放題、メニューにあるどの料理を頼んでもかまん食べ放題。これは便利。
松山は、バイキング形式のレストランが多いとは思いよりましたが、夜のお店でもこんなんがあるとは知りませんでした。バイキング好きの愛媛県人が編み出した必殺技でしょうか。お得感満載。

さて。昨夜は道後温泉本館近くのビジネスホテルに泊まりました。二番町で飲んじょいて、ふらふらと歩いてホテルへ帰りました。まだ電車は動きよったにも関わらず。結構遠かったです。伊予鉄の、昔の軌道跡の狭い道路を歩いてみとうなったがですね。まあ、酔狂でしょうか。

で、今朝は石手寺方面。
道後から石手寺へ向かう道路には、このような、俳句が刻まれた大きな石がたくさん。俳句の街、松山ということで、ここに限らず街中、俳句が溢れちょりますね。
この石に刻まれちゅうのは、種田山頭火さんの有名な句。
分け入っても 分け入っても 青い山
自由律俳句の巨人と言えば尾崎放哉さんか種田山頭火さん。このにっこりでも、小豆島の尾崎放哉記念館をご紹介したりしたことがあります。尾崎放哉さんが最後に過ごし、亡くなった場所が小豆島。そして、種田山頭火さんの終焉の地は、ここ、松山なのであります。

海を愛した放哉、山を愛した山頭火。小生も、どちらかと言えば山。
この句は、自らの迷いの深さを山の緑の深さに重ね合わせたものと言われちょります。山々を巡り、行乞(お経を唱えながら家々、道々で施しを受けつつ旅をする)に身を委ねた山頭火さんの、その心の寂しさがわかる句。
一人で山に入っちょりますと、時々この句が思い浮かんだりします。

ここから向こうへ行くと石手寺。石手寺と言えば、お遍路さんの元祖と言われる衛門三郎伝説のお寺ですね〜。以前も書きました。以前も書いたように、昔、高速道路が四国になかった頃、高知と松山を結んじょった国鉄バス「南国号」車内で、衛門三郎の逸話を紹介する音声が流れよったがをどうしても思いだしてしまいますな。三坂峠から松山市内へ下っていく途中、松山の平野を見晴らせる場所で紹介されよった、石手寺と衛門三郎のお話。

その石手寺は、四国八十八ヶ所の51番札所。毎日、たくさんのお遍路さんが訪れる札所。ですので、今の遍路道に当たるこの道路沿いにも、古い古いへんろ石が立っちょったりします。
今日は、石手寺の東から「風土記の丘」と呼ばれる山手に上がっていく道を駆け上がりました。その山中の道の途中、この道路の方へ向かう細い山道を発見。竹薮や樹々に囲まれた山道をたつくってみると、樹から「へんろ道」と書かれた札がぶら下がっちょりました。なるほど。石手寺から52番札所へ向かう昔の遍路道は、今の交通量の多い道路ではなく、山道やったのか。

四国のお遍路を、もっとポピュラーに楽しめるものにしよう、という動きが、最近、活発になってきました。で、それを考える人たちが、取り敢えず歩いてみて、ルートがわかりにくかったりする、かなり不便な状況であることが体感できたようです。
何より歩きにくいのは、歩道の無いような、交通量の多い道路。危なくて仕方がないにかありません。
ここは、歩道も広く歩きやすいですけんど、小生なんぞは、山道があるのであればそっちを歩きたい。もう、昔の歩き遍路の路は、荒れ果てちょったりするがでしょうか。

お遍路さんを観光や娯楽、健康づくりなどのツールにして盛り上げるためには、快適に歩いてまわれる、自動車道路とは隔絶された路が必要かも知れませんね。
何を求めてお遍路さんになるのか。遍路をするのか。そこには、非日常空間や時間を求める気持ちもあるでしょうか。その場合、自動車が轟音をたてて通り過ぎる道路ではなく、心静かに歩ける山道であった方が、ふさわしいような気がします。
分け入っても 分け入っても 青い山


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