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久々の九反田地蔵尊〔3720〕2013/06/22

久々の九反田地蔵尊

2013年6月22日(土)薄曇り

高知県地方、台風の雨はメッソなことなかったです。適度な雨。瀬戸内方面は降ったみたいですね。被害はなかったでしょうか。
今朝は、雲の合間から青空が見える穏やかなお天気。気温もそんなに暑くなく、過ごしやすい土曜の朝になりました。

ここは九反田。堀川が入り込み、曾て、高知の城下の表玄関、物流の拠点として栄えた九反田。昭和40年代に弘化台の埋め立てが行われるまで、中央卸売市場もありました。そこの、細長い敷地に鎮座まします九反田地蔵尊。今も近在の皆さんに尊崇され、いつもキレイにお供えされちゅう地蔵尊。
この地蔵尊の由来を書いた説明板がありますので、今朝はそれを転載してみましょう。

九反田地蔵尊由来
この地蔵尊の由来は次のように伝えられています。
 昔、関ヶ原の役(慶長三年=一六〇〇)後、石田三成の幼女が乳母に抱かれて、この地にあった称名寺の住職をたよって土佐へ来ましたが、幼女は七才の時腫物を病んでなくなりました。文政の頃(約一六〇年前)米蔵(称名寺跡=市立第一小学校跡)が鳴動することがありましたので、床下を掘ってみますと首のない地蔵尊と石碑が出てきました。石碑には「天周妙終尼 慶長十八年(一六一三)六月二十二日」と刻まれていました。この碑と地蔵尊を祀ったのがこの九反田地蔵尊です。(「高知市史」大正九年版による)今日に至るも腫物除けの守り神として香華が常に絶えません。
昭和五十四年八月吉日建之
九反田町内会

と、いうことです。なかなか深い由来。
そしてこの地区を中心に、明治大正昭和と活躍した侠客の大親分が、鬼頭良之助さん。で、この左隅に建てられちゅう石板に刻まれた文字を呼んでみますれば。

記念
于時大正四年十一月廿八日 旧米庫火災之際類焼ニ罹リ 鬼頭良之助氏外数名斡旋ニヨリ 其年茲ニ再築ス
大正八年二月 田中治助

なるほど。火事で焼けた地蔵尊を、鬼頭良之助さんが中心になって再興したと。地蔵尊の入り口に、鬼頭良之助さんの名前が刻まれた巨大な百度石があります。それは大正6年。また、この写真の左手に鎮座します座像。その台座にも、鬼頭良之助の文字と、森田姓の名前が並びます。鬼頭良之助さんの本名は森田良吉。

で、以前にもご紹介しましたが、この地蔵尊入り口脇の燈籠。平成4年にご寄進された燈籠には、「贈 俳優 仲代達矢」と刻まれちょります。鬼龍院花子の生涯で、侠客の親分、鬼龍院政五郎を演じた仲代達矢さん。もちろん、鬼龍院政五郎のモデルが鬼頭良之助さんやったご縁で、そういったいきさつになったがでしょう。

この小さな一角に鎮座まします地蔵尊には、いろんな、たくさんの歴史、思いが凝縮されちょります。


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