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はじめての妻木晩田遺跡〔3714〕2013/06/16

はじめての妻木晩田遺跡

2013年6月16日(日)山陰も晴れ

今朝もまだ山陰。鳥取県に居ります。
米子駅前に泊まっちょったので、早朝、皆生温泉まで走ってきました。往復12kmくらいでしょうか。日曜日ということもあって、皆生温泉の海岸には、観光客さんも釣り人も結構居りました。走り始めたときは、涼しいかな、とも思うたがですが、結構湿度があって、こじゃんと汗にフキました。

汗をこじゃんとかくことを、汗にフク、と言いますが、これは土佐弁でしょうか。標準語でしょうか。教えてください。
しょうまっこと、こじゃんと汗にふいたちや。まっことムセました。

さて。本日の米子での用事はお昼から。ですきに、普段、仕事で来る際には時間が無うて行けちょらん場所に行ってみることにしました。妻木晩田遺跡。むきばんだ遺跡と読みます。弥生期の集落としては、国内最大規模。遺跡の規模としては、吉野ヶ里を遥かに凌駕する弥生時代の集落遺構。発見された建物遺構は900棟以上。あまりに大規模なので、当初のゴルフ場開発計画は中止になり、国指定史蹟となって、史蹟公園としてキレイに整備されました。と、いうことを聞いちょったので、行ってみたかったのであります。

高知県内でも、会社の近くの田村遺跡は、弥生期の集落遺跡としてはかなり巨大。空港拡張工事とか、道路建設工事とかでないと調査されんので全貌はわかりませんが、あの界隈、とにかく掘ったら出て来る竪穴住居、てな感じ。田村は、海岸近くの平野に広がる弥生遺跡ですが、ここ、妻木晩田は、丘陵の上に広がっちょります。周囲との関係や、防衛上の問題、防災上の問題もあったのでしょうか。
高知では、以前にもご紹介した、伊野のバーガ森北斜面遺跡が、同じような丘陵上の弥生集落遺跡。あれも、なかなかの規模と推定されるのではありますが、道路工事の現場だけの調査であったがが惜しい。ひょっとしたら、高知にもすごい規模の弥生集落が存在したかも知れん、という楽しい妄想を暴走させてくれます。

ここの遺跡は、約300年にわたっての人が居住した遺跡。その時代時代によって、集落の様子や規模、古墳の様子などが変化します。この写真の場所は、丘陵の先っぽに近い洞ノ原地区。向こうに平野と、そして日本海が見晴せます。今朝、走ってきた皆生温泉も、あの視線の先にあります。
この公園では、竪穴式住居の復元も、どっしこやっちょります。火災で焼け落ちた竪穴住居の遺構などから、かなり、どんな建物やったのか、わかってきちょりますので、それに基づいた復元。写真左端もそのひとつ。向こうの2棟は倉庫でしょうか。

妻木晩田遺跡で有名なのは、四隅突出型墳丘墓。この、洞ノ原に、11基みつかっちょります。山陰独特の、有力者の墓。1世紀中頃からつくられ始めたお墓で、ここに、最初に集落を築いた人々ではないか、との説もあり。

昨日の出雲、荒神谷からはちくと離れちょりはします。が、あの大量の銅剣が埋設されたがは1世紀頃とされますき、ここに大小保集落が形勢された時期に重なります。関係あったかどうかはわかりませんが、この山陰エリアが、日本でも突出して文化が進んだ地域であったのは確か。

しかしあれですね、この妻木晩田遺跡の近くには、古墳時代の古墳群もありますし、古い寺院跡も。
山陰の、日本海に面した丘陵や谷は、遺跡だらけ。まだ、見つかってない、とてつもない遺跡も眠っちゅうことでしょう。そんなことを考えるだけて、もう、マイマイしてしまいますな。


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