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繁藤の神武天皇〔3683〕2013/05/16

繁藤の神武天皇

2013年5月16日(木)晴れ!

今朝は、山陰方面に向かいよります。坂出までは車。早朝に出たので、国道32号線を通りました。
国道32号線で、根曳峠を越えて繁藤の方へと下って行きよりましたら、左手に繁藤小学校があります。で、国道から見上げたら、山の上に屹立する像を見ることができます。とは言え、運転中は危ないのでせられません。

繁藤小学校の校門前に車を停め、いつも開放されちゅう門をくぐると、左手に、山の上へ登っていく石段があります。その石段の上。ご覧のような像が立ちます。台座には「日本紀元復興喚起之處」と刻まれ、台座の上に神武天皇像。
戦前の小学校教育では、神武天皇から始まる、天皇の名前を暗記させられたと聞きます。神の国である日本が、戦争に負ける訳がないと。

戦後になって、そういった思想、教育が否定され、神武天皇を崇め奉ることが否定されるようになりました。同時に、国民の重要な行事であった紀元節も否定。
ここ繁藤小学校の校長であった溝渕忠広氏は、それに反発し、紀元節行事を強行して全国に名を轟かせました。そして、それを良しとする人々によって、神武天皇像が建てられた、という訳ですね。

まあ、思想としては色々あるでしょう。溝渕さんは、なかなか立派な、しっかりした教育者であったことは間違いないようです。
まあ、歴史、文化をちゃんと学ぶことは重要で、もちろん神話の類も、その文化、文明的背景の中でキチンと知って行く理解していく必要があることは間違いない。戦前、それが、政治的に利用され、不幸なことになった反動で、全否定の方向に流れました。問題は、極端に排外的に走ったり政治的に利用されたりすること。ですきに、溝渕先生には、いろんな毀誉褒貶があるのでありますね。

それはともかく。
この国家の成立については、謎がてんこもりで、諸説入り乱れて面白いです。神武天皇と、10代目の崇神天皇は、同じハツクニシラススメラミコト。これは知られた話で、同じ人物の事績を、二人に分けている、という説が有力。日本書紀の時代に、国家に権威を付与すべく、考えだされたと思われます。
で、歴代の天皇で、「神」がつくのは、初代の神武天皇と10代崇神天皇、そして15代応神天皇のみ。この3人が、同じ人物の投影、という説もあります。間違いないのは、日本書紀の編纂された時代の統治者が、その統治に都合が良いように組み立てた、ということでしょうか。

過度に政治利用されたりすることが無ければ、そんな神話の類も、連綿と伝わる文化のひとつ、ということで大切にしてくべきものやとも思います。
この神武天皇像は、元々は政治的色彩の濃いものであったにせよ、今となっては文化のひとつとして残していくことも大切やとも思います。それぞれの思想には関係なく。
そう思うてこの像を見上げると、繁藤の大自然の中、風景に融け込んで、趣き深い立ち姿に見えてきます。


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