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地震と、倒壊した鳥居〔3418〕2012/08/24

地震と、倒壊した鳥居

2012年8月24日(金)曇り

古代ローマの都市ポンペイが、ベスビオ火山の大噴火によって一瞬にして埋まってしもうたのは、1933年前、西暦79年の今日。日本では弥生時代。空港のある田村界隈に、大きな弥生集落が営まれよった時代。
もちろんそんな時代にも、南海地震は発生し、巨大津波は押し寄せてきた訳です。

高知大学の岡村特認教授のお話では、過去の津波の痕跡を調べていくと、宝永地震津波、白鳳地震津波クラスの大きな津波がやってくる周期は、約300年。100年に一度の南海地震でも、そのうち3回に1回は特に大きい、ということが記録ではっきりと判るそうです。と、いうことは、1707年の宝永から300年経過した現在、来るべき南海地震は、かなり巨大である可能性が高い、ということになるかも知れない。

そして、もっと過去まで見ると、約2000年前、つまりベスビオ火山が大噴火するちょっと前くらいに発生した地震津波は、宝永の規模を凌駕するらしい、ということもわかっちょります。

富士山は、宝永地震の一ヶ月後に大噴火しました。864年にも大噴火しましたが、その5年後に三陸の貞観地震。まあ、関係はないがかも知れませんしあるがかも知れません。素人にはわかりません。
が、富士山の噴火に対する危機感は、ちょっとづつ高まってきちゅうがも事実。

さて、2000年前の津波は、ここ、野市の上岡ではどうやったでしょう。田村の弥生集落も、当然、大被害を被ったとは思われます。発掘で、そんな痕跡は見つかっちゃあせんがでしょうか。
この上岡八幡宮さんに残るのは、写真中央ちょっと右の向こうの方に見える地震碑。明治になってから立てられた、安政地震の碑。
気になるのが参道入り口の鳥居。この鳥居の足には、嘉永4年3月の銘が刻まれちょります。安政南海地震の3年前。1851年。よく見ると、上部の、笠木、島木、貫の部分の石の色が違う。新しい石。そして写真手前の境内の隅っこに横たえられたオブジェは、これはかつてあの鳥居のパーツやった笠木かなにかに違いありません。

さて。

と、いうことは、一度この鳥居は倒壊したがかも知れません。そして、修復の工事が行われたと。鳥居が壊れるくらいの力は、やはり地震でしょうか。そうしますと、あの鳥居が立てられた3年後の安政南海地震か、95年後の昭和南海地震か。石の新しさから見て、昭和かとも思います。が、安政で倒壊したあと、かなりの年月を経過してから修復された、という可能性もあります。こんなことは地元のおんちゃんに訊くが速いき、今度尋ねてみましょう。

岡村先生の話に戻りますが、今回の東北の大震災と南海巨大地震には、違いがあります。東北では、地震本体の揺れによる被害よりも、はるかに津波の被害が大きかったのはご承知の通り。しかし南海地震の場合、震源地が近く、まずやってくる揺れが大きい。それでかなりのダメージを受けたところに津波が襲うてくる、という構図。まず揺れ。それに対応してから、津波から逃げる。


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