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一斉に鳴き始めたクマゼミと稲刈り〔3384〕2012/07/21

一斉に鳴き始めたクマゼミと稲刈り

2012年7月21日(土)晴れ!

今朝から、まさに今朝から、高知の平野では、クマゼミが一斉に鳴きはじめました。これまでも、ちょっとだけセミの声を聴くことはありましたが、本格的な大合唱は今朝から。示し合わせたように、あちこちでワシャワシャワシャワシャやりよります。上岡八幡宮の森もすごかったですし、今、このにっこりを書きゆう会社の自分の部屋にもワシャワシャが響きます。夏。

夏といえば高知では稲刈り。ここは介良と稲生の間。この界隈の田んぼの早いやつは、もう、稲刈り直前。今朝、納屋から稲刈り機を出して来て整備しゆうおんちゃんが居りましたので、この週末、稲刈りが始まるものと思われます。稲刈りが始まると、高知の夏は本番。

さて、以前にも書いた通り、この辺りが高知の二期作発祥の地とも言われちょります。藩政期。真相はよくわかっておりません。
ひまわり太郎が子供の頃は、高知の二期作は教科書にも載っちょりまして、土佐の稲作の代名詞でありました。が、減反政策等が採られるようになり、二期作のメリットがなくなって、極早稲の田んぼをつくったり、収益性の高い園芸作物に転換したりしてきた高知の農業。

二期作は、高温多湿の土佐の風土に合ったやり方でした。
何とですね、宝暦11年(1761年)の、お百姓さんの訴状に二期作の記録がでてくるそうですき、古いです。たぶん、稲刈り後の再生稲を育てたやり方やとは思います。
調べてみますれば、紆余曲折ありますね、土佐の二期作。
19世紀初め頃は、1500haの田んぼで二期作が行われよったようです。しかし幕末を経て19世紀末になると、なんと2〜3ha。ないなったに等しい。

その後、品種が改良されていき、社会の環境も後押しする形で二期作は増え、史上最大のピークは5941ha。昭和7年のこと。戦前です。
その後、戦争によってかなり減りましたが、戦後回復して昭和36年には4340haになりました。ひまわり太郎が生まれた年。その年が、二期作の戦後のピーク。それからどんどんと減っていき、遂にはほとんど絶滅した高知の二期作。

しかし、近年、輸入飼料の高騰などもあいまって、飼料米の需要が喚起されたり、色んな品種ができてきたこともあって、二期作を見ることができるようになってきました。それを見ることができる場所は、奇しくも、二期作発祥の地ともいわれるこの地。2009年7月28日のにっこりでは、稲刈り直後の田んぼと田植え直後の田んぼが並んじゅうところがご覧頂けます。


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