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上岡八幡宮、工事大詰め、クモの巣と山頭火〔3354〕2012/06/21

上岡八幡宮、工事大詰め、クモの巣と山頭火

2012年6月21日(木)雨

よう降ります。昨夜は、三翠園ホテルさんの庭園ビヤガーデンでした。夕べはまあまあ涼しゅうございましたし、雨も降らず、快適でおいしいビヤガーデンでした。夏はやっぱしビヤガーデン。三翠園さんのは庭園で、ビルの屋上とかとは違う趣きでして、ゆかしいですね。

で、昨夜、話に出てきたががニューコウチのビヤガーデン。はりまや橋交差点の北西、今、西鉄イン様になっちゅう場所に、ニューコウチというホテルがありまして、その屋上にあったビヤガーデンの話題。高知のビヤガーデンの嚆矢とも言えます。ハワイアンのバンドが生演奏しよりました。ひまわり太郎の、今は亡き伯父が、そのバンドでスチールギターを弾いたりしよりましたです。バンドマンの血は、こんなところから流れ、受け継がれていきゆうのでありました。今、生バンド付きのビヤガーデンとか、ないですね。当時は生バンドが演奏するキャバレーも花盛りで、高知でも、バンドマンで食べていけたそうです。古き良き時代。毎晩が本番ステージですき、上手な方が多かったですね、ホント。

さて、写真は、今朝の上岡八幡宮拝殿前。雨が降りよります。こないだうちからの石垣補修工事も大詰め。この、灯籠や手水鉢が置かれちゅう場所、キレイにコンクリートがうたれました。ここ、以前はどんな感じやったかと申しますればこんな感じ。鬱蒼と草が生えるので、草引きをするががオオゴトやったと思われます。で、これで草引きも楽ちん。

そこに置かれた自然石でできた手水鉢は、以前はもっと地面に埋まっちょりましたが、向こう側に石で台がしつらえられ、地上に出て来ました。宝永4年か嘉永4年かの謎が解けていない、見事なかたちの手水鉢。
玉垣が並ぶ中、右端角の大きなのには、陸軍少将川田明治と刻まれちょります。関東軍参謀から、最後は下関要塞司令官、中将になった川田明治さんは、この界隈の出身。以前にも書きましたが、尋常中学校で、かの寺田寅彦さんと同級生で、寅彦くんが熊本の五高へ入学するべく、船で神戸まで向こうた際、この玉垣の川田明治くんは一緒に神戸まで行き、そこから上京して陸軍士官学校に入学したのであります。寅彦くんの日記にでてきます。

さて、あとは、手前に置かれた破損玉垣を、あてはまる玉垣にくっつけていって完成。完成は近いでしょう。

今朝、この八幡様の参道入り口の鳥居をくぐろうとしますと、クモの巣に引っかかってしまいました。おっと、と思うて振り払いましたが、ここで思い出したことがひとつ。
こないだうちから、かの、種田山頭火さんの漂泊日記「行乞記」を読みよります。自由律俳句は、種田山頭火さんと尾崎放哉さんがいれば良い、と言うヒトも居るくらいの、山頭火さん。裕福な家に生まれるも、母が家の井戸に投身自殺をしたり、放蕩の父親がどんどんと落ちぶれていったりする中、各地を彷徨い、酒に溺れ、破産状態になりながら素晴らしい自由律の世界をつくっていった山頭火さん。海よりも山を愛し、自然のあるがままを愛した山頭火さん。その、漂泊行乞中に書いた日記「行乞記」に、こんな文章があります。

「いつ頃からか、また小さい蜘蛛が網代笠に巣食うている、何と可愛い生き物だらう、行乞の時、ぶらさがったりまひあがったりする、何かおいしいものをやりたいが、さて何をやったものだらう。」

この優しさ。ひまわり太郎も、山と自然を愛するものとして、この境地にならんといかん、と思い、クモの巣を振り払うた行為を反省したのでありました。笠からクモがぶらさがったりまひあがったり。ペットというより同居人に対するような眼差し。


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