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潮江橋の電車、潮江橋の歴史、おもしろい潮江のおんちゃん〔3353〕2012/06/20

潮江橋の電車、潮江橋の歴史、おもしろい潮江のおんちゃん

2012年6月20日(水)曇り

台風4号は昨日行き抜けましたが、もうひっとつ、西から台風が来よります。予想進路が高知方面になっちゅうみたいで、嫌んなりますね。

ここは今朝の鏡川。明日が夏至で、夜明けが早いので、4時半を過ぎると東の空が明るんでくる季節。4時半前は、ご覧のようにまだ夜ですが。
潮江橋北詰から東へ行った川縁。東唐人町から、潮江橋方面を撮影してみました。昨日の濁流が嘘のように、静かな静かな川面の鏡川。潮江橋や建物の灯りを、文字通り鏡のように映しちょりました。

土電の電車の橋のことを、昨日、書きました。葛島橋や鏡川橋は、道路と独立した電車鉄橋であります。通常は、路面電車ですき、あの潮江橋のように道路の真ん中を電車の軌道が通っちょります。たとえ橋の上でも。

今の潮江橋が架けられたがは昭和56年。ですきに、少年ひまわり太郎が毎日渡りよったがは、前の潮江橋。今よりかなり狭く、歩行者自転車用の小さい橋が独立しちょりました。電車軌道は道路の上。

ご承知の通り、藩政期、鏡川下流域に架けられちょった橋は天神橋だけ。これは、まったく技術的な問題ではのうて、都市の防衛機能等の問題。明治の世になり、ぴっとづつ、他の橋も架けられるようになりました。
それでも天神橋がメインやった訳ですが、明治36年、高知駅と桟橋を結ぶところに橋を架けるべきだ、という潮江村の村長さんの意見を尊重し(こめんなさい)、あの場所に潮江橋が架けられたという訳です。電車の橋は、その東に単独電車橋として明治39年完成。

当時は、潮江橋北詰で電車は西へカーブし、堀詰に向こうちょったがはご承知の通り。こんな感じになっちょったがです。道路の橋もせんばいですね。

そして、潮江橋完成で、その場所に小さい私設の板橋を架けて料金を取りよった地元の有力者、金太郎さんと馬太郎さんは、取り壊された天神橋の場所へ行って、賃取り橋をやることになった訳です。それは、昭和2年に新しい天神橋ができるまで続けられました。この話は以前にも書きましたね。

このにっこりひまわりに潮江用水のことを書いたががご縁でお付き合いするようになり、今ではしょっちゅう飲んだり食べたり飲んだり飲んだりするようになった潮江のおちゃめでガイなお百姓さん、潮江雪太郎さん(仮名)が、その馬太郎さんの子孫である、という話を聞いたときには、こじゃんと驚きました。
潮江の歴史、灌漑などに、雪太郎さんの一族は深く関わってきたようです。昔から。今も、潮江で、都会でも非常に高い評価を得て、誰でも知っちゅうような有名レストランとかへも納入しゆう農産物をつくり、有名シェフとタメ口の友達になっちゅう潮江雪太郎さん(仮名)は、おもしろいおんちゃんです。


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