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大町桂月、酒、漂泊、ロマンチスト〔3350〕2012/06/17

大町桂月、酒、漂泊、ロマンチスト

2012年6月17日(日)晴れ!あづい!

昨日はまっことよう降りました。それが嘘のような今日のお天気。北山に雲は多いですが、夏の厳しい日差しが照りつけ、昨日の雨で湿った街から湯気が立ち上るような蒸し暑さ。夏です。

今日は、会社へ行っちょった後、高知市内で会議がございまして、高知の街の中心部に居ります。お城の近く。
写真は、古くは北門筋と呼ばれた、江ノ口川の南の旧武家屋敷街。その一角に、このような碑が立っちょります。
大町桂月先生誕生地。
昭和27年に、林譲治衆議院議長の揮毫によって立てられたこの碑は、ここで、明治大正期の文人、大町桂月さんの生誕地であったことを教えてくれます。

大町桂月さんと言えば、明治37年「明星」に掲載された与謝野晶子さんの厭戦詩「君死にたまふこと勿れ」に対する「太陽」誌上での執拗な攻撃があまりにも有名。それが故、国粋主義者、頭の固い保守的人間、てな感じの評価が先行する、土佐の文人。文章も格調高く、その美文が知られちょったので、一層、保守的で国粋的な人間と思われたがかも知れません。

大町桂月さんが生まれたのは明治2年。この場所は、土佐藩の上級武士が住むエリアで、武士の子として生まれ、教育を受け、東京の帝国大学に通う頃にはもう、その美文、能文の誉れが高かったとされます。
明治大正期の青年で、桂月の文章に親しまざるはなし、と言われたくらい、非常に人気が高かった文章家ですけんど、多分に、上記の論争のイメージなどもあって、現在では余り知られんようになってしもうちょります。

実際、どのような人物であったのか。

土佐史談会の会長でもあられた高橋正さんが書いた評伝にはこのように書かれちょります。
「意外と柔軟性に富み、開明的、進歩的側面も多々あることを知って驚いた」
「桂月は純乎たる国粋主義者、国家主義者ではあるが、それがすべてではない。かれには、反骨・反権力・野人としての側面も大いにあったということだ。」
そう。彼も、やはり、一人の土佐人であったのでありました。
娘さんは、「父は良寛様のような人であったと思う。買物をする時は、さびれた店にはいった。デパートには一度も足を踏み入れなかった。」と言い、夏目漱石さんは、「逢ってみると感心したよ、と言ふのは桂月は珍しい善人なんだ。」と評しちゅうそうです。そんな人物。

ひとつの方向だけから見た評価を全部信じてしまうことは危険。特に、人間の評価は。そんなことを考えさせられる話です。

桂月さんは、酒と放浪をこよなく愛したことでも知られます。最近、種田山頭火の「行乞記」という漂泊の日記を読みました。美しい文章、俳句、詩は、ときに、そんな放浪、漂泊のなかから湧き出てくるのは間違いございません。一度、そんな放浪、漂泊をしてみたいと考える人はロマンチストです。たぶん桂月さんもロマンチストで、ひまわり太郎もロマンチストなのであります。


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