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桂浜、寺田夏子さん終焉の地〔3210〕2012/01/29

桂浜、寺田夏子さん終焉の地

2012年1月29日(日)晴れ!

今日も良いお天気。ここは浦戸湾の入り口。
桂浜の駐車場から、ちょっと浦戸の街の方へ入った堤防の上から撮影してみました。対岸は種崎。

実は、このしゅっと山側、山裾の小さい小屋で、寺田寅彦さんの最初の妻、夏子さんが療養、そして亡くなっております。明治35年11月15日のこと。
最初は種崎で療養しよりましたが、結核ということで地域の住民に嫌がられて桂浜へ。転々として、最後に、ここで療養することになりました。
当時、色々と骨を折って、お世話をしてくれよった「安岡のおばさん」という方がいらっしゃいます。どうやら、こないだうちご紹介した、香我美町の安岡家の方。しかも、維新の志士で、吉田東洋さんを暗殺した安岡嘉助さんの実の娘さんということらしいです。安岡章太郎さんが「流離譚」で書いておられます。

寅彦の身体を心配して、寅彦の両親は、なかなか二人を会わせようとしません。会えたのはほんの数回。そして、明治35年9月に、寅彦は東大に復学(帰高中に肺尖カタルになったりして、須崎で療養しよった話は、昨日書きました。)することになり、8月21日、ここに夏子さんを見舞います。
その日の日記をご紹介します。

正午より父上と桂浜に行き夏を誘う。次第に快き由なり。
臨時に雇入れしうば、胸痛にて苦しめり。
伊東(前村長)へ行く。今度買入れし家屋はもと抵当に入りたるものとの噂あれば取り調べ必要とのことなり。
夏は思いし程衰弱し居らず。戯れに写生帖にハンケチ頸に巻きたる姿を写す。別れ際に我が衣の懐のだらしなく膨れたるを見て

ここで突然終わり、後がありません。感極まって書けんなったがかも知れません。
そして、夏子さんが亡くなった後、書き加えたものでしょう、欄外に
Last interview!!!
と書かれちゃあるそうです。

寅彦さんが東京へ出発したのは、明治35年8月23日。13:30高知港発の船で出発しました。そのときには、もう、これで最後のお別れになる、ということはわかっちょったと思います。
夏子さんは、小屋の前の、この海辺に出て来たでしょうか。
船は、このように近い所を通ります。漁船の方の姿がハッキリ見えよります。寅彦の乗った船も、このすぐ眼の前を通ったことでしょう。14:00くらいのこと。
ここで、最後のお別れに、手を振ったでしょうか。


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