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寺田寅彦記念館の山吹、竜舌蘭〔3209〕2012/01/28

寺田寅彦記念館の山吹、竜舌蘭

2012年1月28日(土)晴れたり曇ったり

このところ、寺田寅彦さんの話がつづきます。ご容赦ください。来週、ちくと寺田寅彦さんや馬場孤蝶さんについて喋らんといかんなっちょりまして、取材と勉強の日々。今日も、寺田寅彦さんネタです。

ここは、高知市大川筋にある寺田寅彦記念館。この場所で、寅彦さんは、子供の時代を過ごしました。熊本の五高へ通いゆうときに夏子さんという満年齢で14歳の美人と結婚しますが、勉学中ということで、夏子さんはこの家で過ごします。寅彦さんが東京帝大に進み、やっと、東京で同居できるようになりましたが、夏子さんの結核が発病、高知へ戻って種崎で療養生活に入りました。

翌年5月、夏子さんは高知で出産。結核は思わしくありません。
当時の学校は、9月が新学期で、7月から休み。7月、寅彦さんは帰高しますが、めったに夏子さんに会えません。心配した両親が、できる限り会わさんようにした訳です。そんな中、こっそりと、手結から種崎まで雨の中を歩いて会いに行ったこともあるようです。

そうこうしゆう間に9月になりますが、そこで、寅彦さんは、少年時代にも経験のある肺尖カタルを発病。夏子さんに近づけたくない寅彦父の利正さんは、寅彦さんを須崎で療養させます。この辺の行動は、陸軍大佐までいった軍人ですき、素早いです。

その時の、須崎でのことを、明治39年、ホトトギスで「嵐」という題名で随筆にしちょります。その書き出しは、須崎の宿に到着した場面。

始めてこの浜へ来たのは春も山吹の花が垣根に散る夕であった。浜へ汽船が着いても宿引きの人は来ぬ。独り荷物をかついで魚臭い漁師町を通り抜け、教わった通り防波堤に沿うて二町ばかりの宿の裏門を、やっとくぐった時、朧の門脇に捨てた貝殻に、この山吹が乱れていた。翌朝見ると、山吹の垣の後ろは桑畑で、中に木蓮が二、三株美しく咲いていた。それも散って葉が茂って夏が来た。

この山吹が、寅彦さんが泊まっちょった大西旅館さんに残っちょって、一旦、須崎市内に移植されちょったものを、昭和52年、ここに移してきたものだそうです。
写真右端、石灯籠の右手に立つのが、その山吹。
こうやってその本物を眺めると、タイムスリップしたように、寅彦さんを身近に感じることができるような気がします。

この記念館は、復元されたものですが、北側の勉強部屋の離れは、寅彦少年が使用した面影がかなり残るものにかありません。
この庭には、当時の灯籠などが立ち、また、寅彦随筆ゆかりの植物が植えられちょりました。
写真中央ちょっと左に見えます。大きな「竜舌蘭」。


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