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井口事件と寺田寅彦と植木枝盛〔3195〕2012/01/14

井口事件と寺田寅彦と植木枝盛

2012年1月14日(土)晴れ!

今日からセンター試験ですね。受験生の皆さん、ご苦労様です。センター試験の前身、共通一次が始まったがが、我々が大学入試を受験する前の年。で、我々は共通一次二期生という年代になる訳です。突然、マークシートというがで試験を受ける練習を始めさせられたがが、印象的でした。

さて、ここは高知市井口町。お城から言えば、2kmくらい西へ行った所。右手が永福寺というお寺さん。ここは幕末明治維新に於いて、こじゃんと重要な事件があったところ。いわゆる「井口村刃傷事件」。

文久元年(1861年)三月と言いますき、龍馬が脱藩する丁度一年前。ここを通りかかった土佐藩の郷士、つまり下士の中平忠次郎さんと宇賀喜久馬さんが、酔うちょったとされる上士、山田広衛と型が触れたとかなんとかのトラブルになり、中平さんが山田さんに無礼討ちで斬り殺されてしまいました。
そこで、一緒に居った宇賀さんが中平忠次郎の兄の池田虎之進さんに急報、駆けつけた虎之進さんが、刀を洗いよった山田広衛と、同道しちょった益永繁斎さんを殺害した訳です。
この左手の川で刀を洗いよったがでしょうか。

この事件は、土佐藩内でも、上士と下士の対立を象徴し、その緊張を極限まで高めた事件でした。去年の龍馬伝でもやりよりましたが、土佐の郷士を中心として、倒幕への動きが活発化するきっかけにもなった重要事件。

顛末は、その、上士を斬った池田虎之進さんと、急報した宇賀喜久馬さんが切腹させられることにたりました。喜久馬切腹の介錯をしたがは、実兄の宇賀知己之助さん。後、寺田家に養子になって寺田利正となった人物。そして、その寺田利正さんが42歳になってやっと生まれた跡継ぎ長男が、寺田寅彦さん。

前置きが長くなりました。今、寺田寅彦さんのことを色々と調べよりまして、あの、独特の、美しくもちょっと寂しい文章、あの独特のはにかんだような性格は、どうやって形成されていったのか、考えよります。
その要因のひとつに、有能で多彩ではあったが家庭内では気難しい、かなり複雑な性格の父親の影響があったにかありません。そして、その複雑な父親の性格がつくられていった遠因に、実の弟を、しょうもないような事件の後始末による切腹でうしない、尚かつ、自身で介錯した、という経験があったがかも知れんと考えられる訳です。

そんな事件のあった井口、永福寺前。来てみてわかりますが、このしゅっと向こうに植木枝盛さんの生誕地があります。井口村刃傷事件の際には4歳。その生い立ちと思想形成に、ひょっとしたら影響を与えたかも知れません。世間は、色々と複雑に絡まりあいます。


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