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久枝のお地蔵さん、高智上町の商人たち〔3194〕2012/01/13

久枝のお地蔵さん、高智上町の商人たち

2012年1月13日(金)晴れ!

ここは昨日と同じ南国市久枝。後川沿い、生け垣に囲まれた目立たん場所に、お地蔵さんが鎮座ましましちょります。夏、えんこう祭が、後川とかに架かるいくつもの橋を拠点にして開催されますが、ここは、その、一番東の橋の袂。

このお地蔵さんの脇には、
六道能化に身をやつし 苦海にしづむ我等には たすけ給へる地蔵尊
と、刻まれた石板。安政南海地震の大津波に襲われてから8年後、文久三年正月という銘が刻まれた台座に、このお地蔵さんは座っちょります。津波に流された子供への想いでしょうか。

お地蔵さんの横の常夜燈は、お地蔵さんの前年、文久二年三月吉日にご寄進されたもの。文久二年三月と言えば、龍馬が脱藩した月。そして、台座には、ご寄進の世話人として、「高智上町」の商人さんたちの名前が刻まれちょります。

まず、この頃にもまだ、高知のことを高智と書く場合があったということがわかります。高知城は、最初は河中山(こうちやま)城で、洪水にならないように高智城になって、高知城になったがはご承知の通り。

そして、上町の商売人と言えば、才谷屋さんが思い浮かびます。龍馬の家の本家。と、いうことで、台座に刻まれちゅう屋号を読んでみましたが、才谷屋さんはありませんでした。龍馬が脱藩した当月、才谷屋さんの名称が刻まれちょったら、なかなかの発見やったがですが。
阿波屋友蔵さん、阿波屋友次さん、大和屋源之丞さん、伊勢屋半助さんなどなど。高知の上町の商人さんたちが、ここ、久枝に常夜燈をご寄進。なぜでしょうか。

この場所は、たぶん、高知の城下と赤岡や安芸方面を結ぶ下街道が通っちょった所の北側。もう少し北、今の空港滑走路の所に標高29.6mの山、室岡山があり、津波で避難山になったことから「命山」「宝山」と呼ばれよった話はビッシリ書いてきました。その命山の南面には、山が取り崩されるまで、久枝八幡宮さんが鎮座。その八幡様の常夜燈でしょうか。

1707年の宝永地震津波の時まで、命山の久枝八幡宮の西に、室岡山宝積坊、福楽寺というお寺さんがあり、そのご本尊は地蔵菩薩やったそうです。津波で流され、宮の前に移されちょったものが、明治四年に廃寺になったとあります。
このお地蔵さんは、そのお地蔵さんかも知れません。
厳しい表情で、海の方角を睨んでいます。地元の方が、キレイに花や樒をお供えしちょりました。


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