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田辺島の隼人神社と長宗我部の布陣〔2997〕2011/06/30

田辺島の隼人神社と長宗我部の布陣

2011年6月30日(木)晴れたり曇ったり

今日も暑うございました。6月も今日で最後。6月30日は、各地の神社で夏越しの輪抜け様が行われよります。ですきに今晩は、街も、浴衣掛けの若者で賑わうことでしょう。このにっこりでも、潮江天満宮の輪抜け様の話題を、ビッシリ書いてきました。
さて、ここは国分川の土手。右手の小山が田辺島(たべしま)の山。土佐日記の時代には、あそこは古浦戸湾に浮かぶ島やったので、今でも「島」の文字が残ります。戦国時代、そのてっぺんに田辺島城を築いたのが福留氏。11代の福留飛騨守親政さんは、「福留の荒切り」で有名な剛の者。息子の12代福留隼人佐儀重さんは、長宗我部元親さんの重臣として活躍、元親さんの出した禁酒令を元親さん自身が破ったがを見つけ、酒樽を砕いて諌めたという、これまた剛の者。その行動は破天荒で、元親さんの信頼厚く、長宗我部元親家臣団の中で、たぶん一番人気があるがが隼人さんぢゃあないでしょうか。今、あの小山のてっぺんに、その福留親子をお祀りした田辺島神社が鎮座しますが、皆さん、隼人神社と呼びます。
南路志の記事を現代土佐弁に訳しますと「田辺島に生まれたモンは、どこへ行ったちハミに咬まれる心配はないぜよ。よそモンでも、隼人神社のお守りを懐中に入れちょったらハミに咬まれる心配はない。」高知では、マムシのことをハミと呼びます。これは、隼人さんの剛勇にハミも恐れを為した、という逸話から生まれたお話。ですきに、このHPに時折書き込んでくれるタベシマさんも、ハミに咬まれる心配はない、ということですね。
この田辺島の集落には、あちこちに、「急げ!隼人神社だ!」という案内板が立っちょります。これは、南海地震が発生したら、あの山の上に避難しろ、という案内板。あの小山が命山になるがでしょう。
国分川のとっと向こうに、岡豊山が霞んで見えます。ご存知長宗我部氏の本拠。あの山の望櫓から眺めると、周囲を取り囲むように重臣の城を配置し、勢力を築き上げていっちょったことがよく解ります。ここ田辺島は、国分川の物流を押さえる要衝の地。ここで、長宗我部の信頼厚い福留氏がデンとカマエちょったという訳です。
にっこりひまわり連続3000日まで、あと3日!


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