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バーガ森北斜面遺跡は、実はすごい遺跡かも知れません〔2867〕2011/02/20

バーガ森北斜面遺跡は、実はすごい遺跡かも知れません

2011年2月20日(日)晴れたり曇ったり

てな訳で、ここはバーガ森北斜面遺跡。昨日、現地説明会があったこの遺跡、にっこりひまわりでも、2008年4月30日と2009年12月6日にご紹介しちょります。道路工事に伴う発掘調査で、この、ひまわり太郎お気に入りの弥生中期の遺跡は、なんと四国最大級の弥生中期高地性集落ということが判明したのでありました。

どいたち見てみたかったので、今朝は鏡川沿い、そして朝倉神社にお参りしてご神体の赤鬼山を眺め、朝倉古墳を経由して、ここバーガ森まで走って来ました。いやいや、来た甲斐がありました。

説明会は昨日やったがですが、県の埋蔵文化財センターの研究者の方がいらっしゃいまして、ひまわり太郎の来る前に訪れちょったご家族連れに、説明をされよったがです。ひまわり太郎も便乗して、お話を伺い、ついでに色々と質問してくることができました。こじゃんとラッキー。

今回の調査では、新たに竪穴式住居が6棟、炉跡が6基、土坑が40基、柱穴が314個みつかったそうです。この、北向きの急な斜面に、なぜ、こんな集落が。今までの説では、他地域との戦闘状態になった際に、ここへ住むことで、戦いを有利に展開しよった、ということでした。しかし今回の発掘で、石包丁などが出土してきたことにより、軍事目的の集落と単純化できんなってきたそうです。軍事的に有利なこの土地に、大勢の人達が普通に暮らす集落を形成しちょったがかも知れません。

写真は、尾根の突端にある竪穴住居跡。この右側の谷には、斜面に段々をつくり、竪穴住居などをつくって生活しよった跡が見つかっちょります。

2009 年12月6日のにっこりでは、なんでこんな冷やい北斜面に遺跡があるか、ということについて、夏は涼しいのでこちらで過ごし、冬は下の平地で過ごしたがかも知れんなどと妄想しちょります。しかし今回、この専門家さんに伺いまして、謎が氷解しました。ここは、水の便の良い斜面ながやそうです。水が出ない南斜面には集落跡が無く、南斜面でも、もうちょっと東の、水の便の良い場所には遺跡がみつかっちゅうとか。なるほど。勉強になります、こじゃんと。

で、朝倉神社のある赤鬼山とかにも同時期の弥生遺跡がありますよね、と質問してみますと、ものすごい答えが返ってきました。赤鬼山、そしてその南の朝倉城趾の山にも弥生中期の遺跡があり、ここバーガ森とつながっちょった可能性があると。そして、ここから朝倉城趾にかけての山全部で高地性集落を形成しちょったとしたら、山陰の妻木晩田遺跡に並ぶ、巨大集落がここにあったかも知れん、ということになるそうです。どんな規模かと申しますと、吉野ヶ里遺跡の倍以上の規模。う~ん、妄想が膨らみますな。

ここは、まだ、県指定の文化財になっちゃあしません。しかし、兵庫県では、ここよりずっと規模の小さい弥生時代の高地性集落が、県の指定はもちろん、間もなく、国指定の文化財になるとか。こういった所に、高地の、ぢゃなかった高知の問題がありそうですな。

ここは、道路工事で取り壊されてしまうそうです。しかし、ここバーガ森北斜面遺跡は、なかなか広大なもののようですきに、未発掘の場所がどっしこあります。ひょっとしたら高知が全国に誇る遺跡になるかも知れませんので、行政に理解してもらいたいもんですね。

長くなってしまいました。今日、聴いた話には、まだ発表してないホットな発掘情報や、古代土佐の条里を形成した南北、東西の方角についてのこじゃんと興味深い示唆がありました。また、ご紹介しますね。

この遺跡を超満足で後にしたひまわり太郎は、天王方面に山を越え、仁淀川を渡って蘇鶴温泉につかって帰ってきました。

こんな有意義な日曜日も、ちょっとないです。


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